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根菜のキセツ--高橋照美の「小人閑居」(38)

秋が来た。

今年も来た。根菜とのとっくみあいの季節だ。
サツマイモが。ゴボウが。大根が……。

段ボールやでかいスーパーの袋や破れた紙袋に、土つきで来る。二階に泥まみれで上がってきてしまったものは、もう一度持って降りて、外の水道へ行く。たわしでガシガシ土を落としなおして、バケツに放り込む。

階段にべちょべちょ水を落とさないように、雑巾で念入りにバケツの外づらを拭く。ぜえぜえはあはあ、何キロだろうと思う根菜運びをする。一度に来ちゃう量が量だと、四往復とか。
もうこれでスポーツジム行ったより運動しているように思う。


飲食にかかわっていると、「おそうじ」(下ごしらえ)の中でも、この土落しが最も手を荒らす気がする。洗剤や消毒液よりもっと、土が手の油分水分を取り去る。美容のクレイパックより容赦ない感じで。

「飲食のカウンターでは、素手で調理をお見せしなさい。見て楽しんで頂くショウビジネスみたいなもんだから。
それ以外は、使い捨てのポリ手袋を絶対に忘れないように。鞄にいつも入れておけ。

お前みたいな分厚いいい手をしてても、飲食の現場を手伝ったら一発で手が荒れる。バックヤードで ”おそうじ” に入りながら雑談するとき、上司にきつく言われてますからすいませんと言って、ポリ手袋させてもらうように。
すかしてると言われようが罵倒されようがゆずるな。
手指の荒れたコンサルの言うことは、恐ろしいことに誰も聞かない、皆さんを守るために手袋をしますと説明しろ、ゆずるな」

ベテランから、そんな知恵をもらった。

恐ろしい、と思った。身づくろいの清潔感とかのレベルじゃなくて、現場を知らないぐらい身なりのいい奴の言うことを、人はありがたがって聞くんだ。たたき上げの幹部や社長までもが、「現場を熟知していて、しかも手指の荒れてない、いい服を着たやつ」の言うことを聞くんだ。

皮膚の防御機能について、本能で強い弱いでも感じ取ろうとしてしまうのだろうか。なんでだかわからない、でも確かに気をつけて観察してると、受け答えが違う。

じゃあ働きものであればあるほど、手指が荒れていればいるほど、理由もわからず扱いが違うとしたら、そんな悲しいことはない。それはなにかおかしい。

でも知ったうえで対処する、そうすると決めた。

そういうわけで。
サツマイモのヤニできっちきちのねっちょねちょにならないように、誰にも「ポリ手袋はめてんだ」なんて姿を見せなくていいように下ごしらえをする。

秋はそんな「仕上がるまで見ないでください」(by恩返しの鶴)みたいな自分がちょっといて、それもあって物悲しい。



下ごしらえを終わって以降の仕事は、どれもたのしい。

醤油とみりんとお砂糖で和風に似るのも、レモン汁入れて洋菓子にするのも、割と得意です。菜箸で輪切りを盛りつける鉢を選んだり、しゃもじで延々とうらごししたりするのが、割と好きです。


わあ。
肉体労働が嫌いで、手先の仕事が好きってどうよ!




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コラム:高橋照美の「小人閑居」
 四郎と高橋の「ネタばれミーティング」あり、仕事のメモあり、恥ずかしい恋愛メモあり。

成長小説:「秋の月、風の夜」
四郎と高橋が「中の人」として登場する物語。今回のミッションは「死ぬほど難しい初キス」。ジャンルが猟奇小説にならずに無事すむのかも読みどころ。

「最大値の2割」ぐらいで構わないから、ご機嫌でいたい。いろいろあって、いろいろ重なって、とてもご機嫌でいられない時の「逃げ場」であってほしい。そういう書き物を書けたら幸せです。ありがとう!