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アレデライフ!(7)

「木川田、これって何の荷物かを、俺、聞いても大丈夫か?」
「うーん」
プリント係のもりたろうが、手にしたメモに書かれているらしい質問をあまりにも棒読みで読む。それにどう返事していいかわからなくなり、私は「うーん」としか言えなかった。「ちょっとそのメモ見せて」
「えー」
いやそうな返事とともに、プリント係はメモ帳を少し自分のほうへかばった。私はプリント係からメモ帳を強めにひっぱった。

メモにはこんなことが書いてあった。

・両親が一度に死んだらしんどい
・いちいち、いろいろ、説明したり会話したりが、むりかもしれない
・学校へ来たくない
・もとの家にも住んでいられない
・説明不足がいっぱい出るだろう
・でも、念のためにいちいち確認せずに「憶測」や「勝手な想像」で動くと、余計まずい
・でも、質問がうまくできない

!!とりあえずうるさいぐらい質問してもいい状態かどうかを、会話のはじめにちゃんときくこと!!
(おこられても調子が悪いという意味であって、質問をしないで腫れ物にさわるようにしてはならない)


……メモには、そんなことが、書いてあった。

これに対して、反射的に、
かああーーーーっ!
という感じに頬に血がのぼった。
私がどうしようもなくうろうろしている姿を、勝手に写真で撮られたぐらい、「びきっ」としたショックが走った。

私はメモを握りしめて、手がありえないくらいぶるぶる震えることにどぎまぎした。

他人!!
他人がいるかぎり、こういう大嫌いなストレス反応が私をドツボらせる。
他人なんか、ぜんぶ滅んでしまえばいい!!

お父さんお母さんが死んじゃったみたいに、学校の全員と知ってる人間全員と知らない人間全員と、かかわる必要のある全員と、かかわる必要のない全員が、ぜんぶ、ぜんぶ、ぜんぶ滅んでしまえばいい!

こんな気分味わわなくてもいいように、なにもかもなくなっちゃえばいい!


「そうですね説明できませんね。だからいいや、もう梱包といてどうしようとか思わない、やめたやめた!」

あー、ほら、言っちゃった。
そういう方向にもっていくつもりじゃないのに、口からほとばしっちゃう系の。
怒りの投げ出し発言。はい詰んだーー!

言ってみてもメモを握りしめてぶるぶる手をふるえるに任せているしかない私。
私と同じぐらいの繊細度合いのはずだから、こういう怒りのぶつけられ方にはダメージを食らう、沈黙して固まったプリント係。

「おじょうさんや」

と、耳元で声がした。
プリント係が、
「ひっ?」
と息を吸い込むような変な返事をして、私の横をみた。

青頭巾和尚は私の横で、長い長い爪の骨っぽい指で、画面を「共有」のほうへと変えた。
そこには、私が発注して、今置き配されている鍵付きの小部屋ユニットコンテナの商品説明が表示され始めた。
光明寺の間取りの、本堂・住居部・奥座敷……と、私が腐っていない床を部分的に特定した図面も表示された。

「置き場所にしるしをかいてみせなされや」
と、私の耳元で青頭巾和尚はささやいた。

「あのう、ご親戚の方ですか」
と、プリント係は青頭巾和尚から少しずれた私の横に向かって話しかけた。

「縁もゆかりも、ございませぬ」
と、青頭巾和尚は答えた。その答え方はかわいそうなことに、

「ぜんぜん好みじゃないタイプの少年」

に対する、しらけた返事っぷりだった。
いやいや、万一プリント係が、青頭巾和尚の「大好き」ど真ん中どストライクだったら、非常にややこしいことになるだろう。
そこは、むしろ、助かった、というべきか。

「なんかいるのわかるんだけど、なんか、意思疎通のむずかしい空気みたいなのいるんだけど、なんか、幽霊?」
「たぶん幽霊」
「木川田の知り合いの幽霊?」
「浅いつきあいの幽霊」
「俺こわいのだめなんだよう」
「おなじく」
「つきまとわれたり、とりつかれたり、たたられたりしてんの?」
「そういうわけではない、人間としゃべりたくないから、ときどき勝手に話したりしてるだけ」
「がいこつみたいなこわーい感じ?」
「がりがりにやせてるけど、いちおう、もともとは寺の和尚だから」

「死肉食い」だということは伏せておいた。
たぶん、旅の高僧に青頭巾をかぶせてもらって、座禅読経を命ぜられて入定したときに、いったん死肉食い癖は止まってるはずだから。

いつ再発するかは、依存性がどれだけあるかはわからないから、知らないけど。
と、ちらっと考えた私は、
それが「止まっていてほしい」レベルの話であって、この青頭巾和尚がいつまたやらかすかなんて、全然わかってないことに気がついた。
「~で、いてほしい」
なんてのは勝手な思いであって、そこには何のストッパーもかかってないからだ。

「あらまほしきかな」という古語をすっきり理解した気分だけが残った。そして、私の手は、ぶるぶるふるえることから脱出していた。
自分ではどうにもできない感情暴走や行動暴走から、青頭巾和尚は旅の高僧の介入で脱出させてもらった。座禅に固定する、という指示命令によって。
自分ではどうにもできないぶち切れから、私は青頭巾和尚の介入で脱出させてもらった。
画面共有に置き場所を書きなされという行動のうながしによって。

「あ、お寺の和尚さんなんですね、はじめまして、俺木川田の一緒のクラスの森林です。あなたの姿も声もよく聞こえないんですけど、いますよねって感じはわかります」

プリント係は、私の横の虚空に向かってあいさつした。私が認識できている青頭巾和尚の位置と、プリント係が「ここらへん」と見当をつけている青頭巾和尚のたたずむ位置とが、奇妙にずれているところがおかしかった。

完全に、「この寺の和尚」と誤認している。私はそこも、訂正しないでおいた。
あとでめんどくさくなろうが、どうしようが、今の私はダメージが大きすぎて、他人との調整なんて高度な技を努力できない。

「最大値の2割」ぐらいで構わないから、ご機嫌でいたい。いろいろあって、いろいろ重なって、とてもご機嫌でいられない時の「逃げ場」であってほしい。そういう書き物を書けたら幸せです。ありがとう!