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20. 魔法のひと匙


 クリスマス会で、「見えない友達」をやることになった。

 見えない友達は簡単にいうとくじによるプレゼント交換なのだが、あげる側だけが受け取る相手を知っているところがミソだ。サプライズのためには、相手に悟られないよう、好みをリサーチしなければならない。

 僕の相手はクラスでも大人しくて、目立たない女の子だった。

 部屋の隅で静かに本を読んでるような子で、友達も少ない。折り紙クラブに入っているが、幽霊部員であるらしい。当然、何を欲しがっているなんて情報は得られそうになく、僕は困ってしまった。

 クリスマス会は明日なので、とりあえずプレゼントは手に入れなければならない。

 家から少し離れているけれど、クリスマスマーケットまで足を運んだ。毎年教会前の広場で開かれるこの市では、伝統的なお菓子やそれっぽい小物が沢山並ぶ。好みじゃなかったとしても、少なくともクリスマスらしいものならひょっとして、と考えたからだ。

 マーケットの中のどこかで、聖歌隊が歌っている。小さなスペースにごちゃごちゃと商品の並ぶ露店をいちいち覗き込みながら、僕は「なにか良さそうなもの」を探して回る。夕暮れの路上なのに、火を焚いている店が多いせいか、そこまで寒さは感じない。用心してセーターにコート、帽子とマフラーをしてきたので、歩いていると暑いくらいだ。

 そうか、防寒具という手もあったな。けれど、母から手に入れた軍資金だけでは、大したものは買えそうにない。女の子ならアクセサリーという手もあるけれど、あの子が喜ぶのはどれだろう。よくお菓子を食べているから、甘いものが妥当か。

 そうだ、はちみつにしよう。

 僕はちょうど目に付いた露店に、たくさん並んでいる瓶を見て、即座にそう決めた。金色から黒に近い色まで、トロリと甘そうな液体が沢山並び、電照が当たってきらきら光ってきれいだから。それにはちみつなら、風邪の時にも食べることができるし。あの子は結構頻繁に欠席するのだ。

 僕は財布の中身と相談しながらあれこれ吟味してみたが、手作りはちみつ、と書かれたものはどれも高価な大瓶ばかりで、手が届きそうになかった。はちみつ入りのお菓子もいくつかあったけれど、袋入りは贈り物にするには見た目がちょっと寂しいし、缶入りのものは高くて買えない。

 悩んだ末、はちみつ用のスプーンを買うことにした。

 棒付きの丸いキャンディみたいな形をしていて、球体部分には溝が彫ってある。これをはちみつに入れると、溝に蜜が入り込んで、『絶対にこぼさず』たくさん掬えるのだそうだ。

 それは木製なのに、指先にすべすべとなめらかだった。なんとなく温かいような気もする。白くなったはちみつを混ぜて溶かすにも向いている、と書いてある。

「なんのはちみつに使うんだい?」

 店主らしいおじさんが、ぶっきらぼうにそう尋ねた。

 がっしりと力強い体形をしていて、よく日に焼けている。並んでいる商品のどれもが可愛らしい店の番としては、不似合いな仏頂面だ。

 僕はちょっと及び腰になって、手に取ったスプーンを机上に戻す。

「種類によってスプーンが違うんですか?」

「そりゃ、気の合わないはちみつなんて掬わされたら、スプーンだってへそを曲げちまうだろ」

 その昔、東から来た魔女伝来の製造法によるスプーンは、はちみつが机などに絶対に垂れたりしないことが自慢なのだそうだ。ひとつだけ欠陥があるとするならば、特定のはちみつしかすくえないということなのだと言う。同じ木から採れる蜜と木材、少なくとも相性の良いもの同士でなければ、魔法は溶けてただの木製スプーンになってしまう。

 僕は事情を説明して、だから、どのはちみつかわからないことを話した。せっかくの魔法を壊してしまうのは忍びないし、なによりも魔法をプレゼントする、という発想が気に入ったのだから、それがなくなってしまっては元も子もない。

「じゃあ、はちみつも一緒にあげるしかないな」

 腕を組んで黙って話を聞いていたおじさんは、事も無げに言ったけれど、それには僕のお金が足りなかった。正直に言えば、手作りのスプーンだけでも、ギリギリの手持ちしかないのだ。

「もう、しょうがねえなあ。スプーンはこっちの小さい奴にしろ。蜜はほら、この小瓶におっさんが調合してやるから」

 小さい方のスプーンはおもちゃのようなサイズで、柄に小さなハチの焼き印が押してある。魔法でなにしろたくさん掬えるので、実を言うと大きいものよりも実用的なのだそうだ。

「そう言うとおっさん、商売あがったりだから、黙っとけよ」

 おじさんは苦虫をつぶしたような表情のまま、多分冗談を言った。怖そうに見えて、結構愉快なひとなのかもしれない。

 ふたをとった小さな瓶を机上に置き、おじさんは隠してあったポリタンクから少量のはちみつを、半分くらい注ぎ込んだ。素っ気ない使い古されたタンクには、ペンで直接“オレンジ”と書いてある。

「オレンジなら手に入りやすいからな。ちゃんとメモ入れとくんだぞ、少なくとも柑橘系のはちみつ用、って」

 僕ははっきりと、首を縦に振った。で、とおじさんは柄の長いスプーンと、中瓶をいくつか引っ張り出してきて、顎でしゃくって僕に尋ねる。どんな女の子なんだ?

「なんで?」

「調合してやるって言っただろ、特別だからな。いつもはやんねえんだぞ。ほら、どんな子なのか教えろ。髪が長いとか、好きなものとか」

 チョウゴウなんて初めて聞いたけれど、魔法のはちみつ屋にとっては、当たり前のことなのかもしれない。魔法のはちみつ。僕はわくわくして、机のふちに手を置く。

 あんまり知らないんだけど、と前置きをしてから口を開いた。

「小っちゃくて、ちょっと痩せてる。緑色がすきで、いつも本を読んでる」

 おじさんは少しだけ考えて、中瓶の中の黒い液体をひと匙、緑がかった何かを一つまみ、それから赤味がかった粉を三回、小瓶の上に振りかけた。

 あの子の好みはとてもシンプルだ。服は清潔で機能的なもの、アクセサリーはピアス程度しかつけてこない。髪は洗いざらしなので、お洒落には興味がないらしい。でも、いつもきちんと梳いてある。読む本だけはバリエーションに富んでいるけれど、これは図書館の棚に並んでいるものを順番に読んでいるからだ。

 それから甘いものが好きで、動物が好きで、笑った横顔はちょっとだけかわいい。

 黙って僕の説明を聞いていたはちみつ屋のおじさんは、顔をあげずに目だけを動かして僕を見た。また虚空を眺めてしばらく考え、喉だけで軽く笑った。

「なんだよ、よく見てるんじゃねえか」

 小さなガラス瓶から取り出した、銀色の粉をほんの少しだけ入れる。それからゆっくりと丁寧にかき回し、溶かしたロウで封をした。ところどころ色の付いた金色の中、銀粉が天の川みたいですごくきれいだ。

 これが、あの子のためだけのはちみつ。

 僕は嬉しくなって、思わずその場で足を踏み鳴らした。

読んでくださってありがとうございました。少しでも楽しんで頂けたらうれしいです。