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1.2.人魚:生態

2. 生態

 人魚は水中、少なくとも水辺に生息する生き物である。多くの場合、人魚の下半身は鱗に覆われており、上半身は人の皮膚よりも両生類のそれに似た、変温動物である。


 上半身には人間の腕状の器官があるのが一般的なイメージだが、腕がない種も意外と多く、また、存在しても指に当たる部分が軟骨であるために、物を持つことができないものも多い。特に小型種・若魚は生存率を上げるよう、水中の機動力を重視するため、この傾向が顕著である。年を取って骨が硬化する種では、人間のように指を使用できるものもあり、この場合、指の間に水かきが存在する。これは、機動力を補う目的と、指の安定と保護を目的とすると考えられている。


 尾は一つである場合と複数ある場合がある。二つ尾はより人間の形状に似ており特別視されるが、全体数から見れば、実は一つ尾よりもずっと多い。尾が三つ以上ある種は、公式には存在しない(1) 。複数尾の人魚はおそらくすべて奇形であるという考えが、近代研究においては定説である。


 胸びれは人型の腰に相当する場所に生えることが多く、シーラカンスに見られるような、筋肉質の基部がある。これによって人魚たちは波のある状況でも、安定して岩場に留まることができる。背びれ、尻びれ、時に肩などにひれをもつ種もあるが、これは尾の部分以外では、総じて背中側に生える。
日本に住む侵略的外来人魚の多くは大型で、肉食傾向にある。


 観賞目的で輸入された寒帯に生息する外来種は「マーメイド型」と呼ばれ、特に人間の若い女性に擬態する。平均的な成人女性と同じくらいの大きさになると思われがちだが、実際には水中に隠れた尾が長く、2メートルを超える体長となることも珍しくない。その割に体重が軽いのは、脂肪率が非常に高いからだ。大型化するにつれ豊満な体形となり、色彩・発色が非常に美しくなる(2) 。単独行動をとりがちな彼らは日常的に狩りを行わず、従って原産地では定期的に餌にありつくことはできないと推測される。


 逆に、温帯から熱帯に生息する「海人型」の外来人魚はそれよりも小型で、形状は(人間の基準から見れば)醜悪な傾向にある。水辺にやってくる獲物を驚かして水中に引きずり込むために奇抜さを武器にしたとされる。30センチから120センチまでと体長のバリエーションがあり、マーメイド型よりは脂肪が少ない (3)。徹底的な擬態を行うマーメイド型とは違い、人間的な部分にひれをもつことがあり、体色は鮮やかだが、肌も人間の表皮色ではなく、鱗と同様の色合いを持つことがある。群れによって捕食するため、各個体が得られる餌の量は少なく、従って狩りは頻繁に行われる(4) 。


 人魚には鰓の役割をする水中呼吸器官が、脇の下から腹にかけて存在する(亜種によっては首と鎖骨あたりにも)が、これは空気呼吸器である肺と機能が似た器官(魚類のラビリンス器官と名称を同じくする)への管を封鎖し、水を取り入れることで呼吸を可能とする。鰓呼吸を行うには水中を常に泳ぎ続ける必要があり、その活動量はクロマグロの一日の移動距離の15倍ともいわれる。とはいえ、人魚はすべての呼吸を鰓に頼る必要がないため、そこまで活動的な個体は稀有である。しかし、器官の癒着を防ぐために定期的な運動は必要であり、細い河川での生息はかなり難しいとされる (5)。人魚たちは大型に進化するにつれ、川幅の広い河口に住むことで汽水に対応し、のちに海へと出るようになったと考えられる。


 人魚にはメスしかいないというイメージがあるが、これは性別に関わらず、人間の女性に擬態することからきた誤解である。また、形状が雌雄で異なるために誤解されるケースもある。有名な例では、ハンドウイルカに似たトリトーン種の遺伝子を調べてみると、実はセイレーンのオスであると判明したことが挙げられる。しかしながら、ほとんどの人魚種の雌雄率はかなり偏っており、オスがほとんど存在しない(あるいは発見されたことがない)どころか、単性生殖を行う種もあることは事実である。


1)15世紀後半にギリシアの湾内で三つ尾のセイレーンが何度も目撃されたらしい記録が残っているが、これが一個体だったのか、あるいは複数体であったのかは確認されていない。また、地方によって五つ尾・七つ尾人魚の伝説があるが、これは明らかに、宗教的な特別性を持たせるための創作である。


2)マーメイド型の尾と髪の色は、一部の種を除いて、同じ種でも個体によって色を変えることが多い。鮮やかな赤・青・紫といった単色から、複数色で模様を持つこともある。個体が目立つことは、餌を獲得したり、繁殖の成功率を上げたりするのに役立つと考えられる。


3)海人型のいくつかの種は、水中で浮くために魚と同じく浮袋を持つ。種類によっては、浮袋の中の空気を自在に出し入れすることができるものもある。

4)ただし、これらは捕食方法からくる分類名称であり、研究によっては不明な点も多く、すべての種がマーメイド型か海人型の二分化できるとは言い難いことに注意すること。現段階では在来種は海人型に分類されるが、人間に擬態することで捕食を有利にしているところが見られず、しばしば分類改定の議題に挙げられる。


5)アザラシ人魚として知られるセルキーの、皮を脱いで人間に変身するという伝説は、この呼吸器官の癒着を防ぐための仕草が、服を脱いでいるように見えたからだと言われる。

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