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14.  真夜中の宝くじ


 金曜日の夜、ソファに掛布団を運んできて部屋の電気を消し、無心にティッシュをちぎりながらスリラー映画を見ていたら、チャイムが鳴った。

 夜中の二時五分前。

 もちろん、来客の予定はない。毛布にくるまったまま玄関へ行く。電球が瞬く薄気味悪い廊下、のぞき穴の向こうには、袋男がココを連れて立っていた。

 僕はちょっと考えて、チェーンを外してドアを開けた。背が高く痩せた袋男は、大きな麻袋を肩に背負い、やや猫背になって僕を見下ろした。

「申し訳ないんですが、僕はこれでも成人してるんですよ」

 アジア人はよく子どもに間違えられる。自国では平均身長であったとしても、特に童顔で筋肉の付きにくい体質である僕を、袋男たちは夜寝ていない子どもと間違えて攫いに来たのだ。

 そう思ったのは、しかし邪推だったらしい。二人は慌てた様子で、すぐさま首を横に振った。

「あ、いえ、すみません。違います」

 袋男は穴の開いた紙袋の下から、その下も紙でできているみたいながさがさした声で、丁寧に頭を下げる。幼児くらいの背丈のココは、とんがり頭を傾げながら、焦点の合わない三つの目を、少し細めてお辞儀を真似た。

「くじ売りなんですが、宜しければ買って頂けませんか」

 夜分遅くに大変失礼なのは承知しておりますが、と袋男は気の毒なくらい恐縮して言う。

 もちろん、おばけが夜中にやってくるのはおかしなことではないし、寝ていたわけでもないので問題はない。ちょっと値段は高めだが、袋男が売りに来た年末くじなら、話のネタに買うのも悪くないだろう。

「年末の子どもくじですか?」

「あ、いえ。子ども脅迫くじです。チャリティなのでヒトのお金は当たらないのですが」

 どうやら買ってもらえそうだと思ってほっとしたのか、袋男は猫背をさらに折り曲げて何枚か僕にかざして見せた。まだ枚数があるので、購入するなら数字を選ぶことができるという。

「今年は良いものをご提供いただけましてね。子どもを入れるバター壺や、干し小人の枕、上等の指茶など、景品も盛りだくさんなんですよ」

 玄関横、靴箱の上に置いてある財布へと伸ばした手が、一瞬止まる。

 ココが誇らしげにパンフレットを広げて見せてくれたが、どの景品もなんだかグロテスクだ。中には、所有するだけで違法になりそうなものさえある。

 僕の困惑を目ざとく察知した袋男が、たぶん口があるであろう場所に手を当てて、ティーンエイジみたいな驚きの表現をしてみせた。

「あ。ひょっとして、こういうものはヒトの方々には、使い道がおありでない?」

 僕の返答を聞いた時の、二人の落胆は相当なものだった。

 ココは廊下の床の上を転げ回り、袋男はほとんど前転しそうなくらい、背中を丸めてうなだれてしまう。

「…そうなんですかあー。いえいえ、すみません。実は子ども脅迫協会も、今年はなかなか厳しくてですねえ」

 必要に駆られて仕方なく、ヒトにもくじを買ってもらおうとしているところなのだそうだ。

 クリスマスが近くて悪い子を脅迫するのに忙しいというのに、備品が足りない。プレゼント代わりに与えるはずの石炭が買えなかったり、子どもを攫っても入れておく袋やバター壺が足りなかったりすると、業務に関わる。

 休みに入ると寝ない子が増えるため、残業になる。すると疲れて、通常業務にも支障が出るといった、悪循環に陥りがちなのだという。それでこうして、第一線を退いた袋男たちが見習いを集めては、裏方として資金繰りを手伝っているらしい。

 僕の文化では袋男はいなかったし、そこまでやんちゃな子どもではなかったのでお世話になることもなかったけれど、おばけがいないと困る親御さんたちも多かろう。

 ならば、と一枚購入することにした。本当はたくさん買ってあげたいところだけれど、苦学生にはできない出費なのでしょうがない。

 お札を差し出すと、袋男もココも飛び上がらんばかりに喜んだ。

「ありがとうございます! 本当に助かります、すみません、すみません!」

 袋男は手を取らんばかりだ。不景気もあって、あまり売れ行きは芳しくないらしい。

 ココが床に並べて見せたくじから、ラッキーナンバーの入ったものを選んだ。くじを真剣に選んでいる自分に気が付いて、苦笑してしまう。どうせ当たっても使い道がないのだから、番号を調べることさえしないだろうに。

 まあ、これもある種の縁起物だ。

 薄暗い廊下の、上からのライトをまともに受けて、凄みのある顔をしたココがなにやら耳打ちし、袋男が大きく頷いた。

「協会に報告しておきますので、なにか当たったら連絡しますよ。ひょっとしたら何かヒトが使えるものと交換できるかもしれません。それにほら、参加賞もありますし」

「参加賞?」

「あ、下の数字によって、なにか当たるんですよ。つまらないものですけれど。小春日和だとか、真夏日の積乱雲だとか」

 僕は驚いて聞き返した。何故それを前面に押し出して売らないのか。僕にはさっぱり理解できなかったし、袋男たちの方でも、それの何が面白いのかわからない。

「よくある景品でしょう?」

 僕はそんなことない、と説明しようとは思ったのだが、結局口をつぐんでしまった。たぶん、わかってもらえない。僕はヒトで、彼は袋男で、つまりそういうことだった。

 袋男とココはくじが売れて、足取りも軽やかに去っていった。闇の中に沈むように消える背中を見て、まあ、いいか、と強引に自分を納得させる。

 くじは、冷蔵庫に張り付けた。

 マグネットを少しずらして、一番下の“2”の数字が見えるようにする。当選発表は二十三日と書いてあった。参加賞には初雪、雷雲、突然の大波、木枯らしなど。

 春一番だったらいいな、と思った。

 当たったらおばあちゃんに、くじを譲ってあげようか。

読んでくださってありがとうございました。少しでも楽しんで頂けたらうれしいです。