見出し画像

2.2.マンドラゴラ: 生態

2. 生態


 侵略的外来種として知られるマンドラゴラは、セイヨウマンドラゴラであり、マンドラゴラ科マンドラゴラ属に帰する(5) 。植物に分類されるナス目ナス科マンドラゴラ属「マンドラゴラ」とは、遺伝子的にも異なるが、欧州から中国にかけて生息地(6) が重複するため、混同されてきた歴史がある(7) 。セイヨウマンドラゴラは地中海を原産とするが、耐えられる温度・湿度は幅広く、適応能力は非常に高い(8) 。種によっては、塩分に耐性があるものさえある。

 「マンドラゴラ」もセイヨウマンドラゴラも、共に魔法薬や錬金術などに使われ、どちらも数種類のアルカロイドを根に含む。ナス科の「マンドラゴラ」に比べて、セイヨウマンドラゴラ(以降はマンドラゴラと表記)は根には毒素をあまり持たず、実と種子・有性生殖による子株に根の数倍の量を蓄える。その量や毒素の種類は分布する地域、さらに育成環境によって差異があるが、過酷な環境にある個体ほど、毒を多く含む傾向にある。

 マンドラゴラの最大の特徴に、その肥大化した塊根がある。これは目視によって種を特定する場合、唯一環境的な変化の現れにくい部分である。橙色から赤暗色、時に濃紫色や紅紫色をしているため、ニンジンに間違えられることがあるが、マンドレイクの根は比較的浅く根付き、時に一部が地表に現れる。側根が多く、本根に特徴的なくびれがあるので、判断は容易である(9) 。地中海気候において、成体のマンドラゴラの根は10~15㎝程(側根を除く)になり、直径は6~9cm程になる。高齢になった個体は巨大化することもあり、キプロスのある個体は100歳を超えており、約52㎝あり史上最大のマンドラゴラと言われている(10) 。

 根の先端が分かれて足のように見えることから、マンドラゴラは人間の形をしているという伝説があるが、これは裂根が多いためであり、必ずしも二股になるわけではない。ただし、マンドラゴラの多くが根の上部に中身に液体を蓄える球体状の「頭根」と、その下の「胴根」と呼ばれる二つの部分を持ち、側根はこの胴根から生えるため、人型になりやすい傾向にあることは確かである(11) 。

 マンドラゴラは発生から、成熟するまでの成長期間が非常に長い。多くの個体が繁殖可能になるまで、少なくとも18~25年を必要とする。生育には環境が大きく影響し、地中海気候を好み、その地域内での成長速度を種の基準とする。高湿気や高温状態では、急速に成長を遂げることもあるが、大きさが成体に近づくだけで、成熟するわけではない。低温では成長速度が著しく低下し、休眠状態に入ることもある。

 マンドラゴラの発見が遅れることになった要因の一つであり、その特徴の一つに、擬態能力が挙げられる。マンドラゴラはその生息地でより多く繁栄している植物に、その葉を似せる性質を持っている(12) 。葉は擬態する対象の形状を的確に模することができるが、常に枯れたような茶色をしており、一回り小柄で細く成長させる。これによって、草食動物や人間から身を隠し、自らを収穫されにくくするためと考えられている。葉を擬態のために使うマンドラゴラは、そこからほとんど栄養を作ることがない。地中に根を多く張ることで栄養を摂取するが、時に別の植物に根を繋げて栄養を「盗む」こともある。

 マンドラゴラは自衛能力が非常に高く、こうした擬態能力に加えて有害物質を持ち、さらに引き抜かれる際には人間や動物に対して有害な音を発する。これは「マンドラゴラの断末魔(単に断末魔とも)」と呼ばれる。人間では聴覚できない低音で、引き抜かれる際にちぎれたり擦れたりする根から、あるいは頭根の内部空間から発生すると推測される。伝説では聞いたものは気が狂うとも、死亡するとも言われるが、実際には音を聞いた者の脳内でノルアドレナリン・ドーパミンを過剰分泌させ、さらにセロトニンの発生を抑制するため、聞く者が非常にストレスを感じる状態にする程度に留める。しかし、個体が大きく音が大きい場合や、断続的に断末魔を聞き続けた場合、精神が不安定になり、うつ病を発生させたり、海馬を委縮させ記憶障害を起こしたりすることがある。そのため、マンドラゴラの生育記録を取る場合などには、側根であっても傷つけないように気を付けること、さらに胴根の上部にある主要な側根を残し、その周りに土を残して取り出す必要がある(13) 。

5)幻想動物として文脈的に明らかである場合、単にマンドラゴラと記述することが通例である。マンドラゴラは生息地の違いでセイヨウ、アジア等の名前が付けられるが、別の名称で認識されることが非常に多い。例えば日本の妖怪として知られる人面樹は、分類上はヤドリギ型のマンドラゴラだが、一般的にそうと知られていない。

6)ケラスス氏の提唱によれば、幻想植物の生態は動物と同じように記述されるべきとし、本項では基本的にこれに準ずるものとしている。ただし、移動することのない幻想植物を「捕獲」するのは理屈に合わないとする研究者が多く、一部にその規約に反しながらも、植物に使用されるべき単語を用いることを特筆しておく。

7)あるいは、あえて同一視することで、幻想植物のマンドラゴラの存在を秘匿する目的もあったのではないかと考えられている。

8)セイヨウマンドラゴラとして正常な生育ができるという点では、南はサハラ砂漠から北はアルプス山脈が限界となる。マンドラゴラは原産地から大きく異なる環境へ、帰化することはできても、本来の姿から大きく逸脱することが非常に多い。

9)発生直後から間もない幼体はこの特徴が分かりにくいため、注意が必要となる。

10)このロムレアに擬態する個体は、自然保護公園の敷地に自然に生えていたのが発見されたもので、「アレックス」の愛称で親しまれている。推定49年目の1999年夏に急激な再成長を始め、3年ほどかけて現在の大きさとなった。高齢個体の発見が少ないマンドラゴラの、貴重な研究個体として知られる。

11)長寿の個体は頭根を複数作るものがあり、これは胴根との間に、外側へと瘤状に発生するため、人間の女性の胸部のようになることがある。ただし通常、頭根瘤をつくるものは一つの瘤を大きくすることはなく、断続的に瘤を増やしていくことから、人型に見える期間は短い。イタリアの植物研究家ピエトロ・ピッチオーニ氏は論文(“La Mandragora” 1996)の中で、頭根瘤は正常な成長ではなく、癌のような病気ではないかと考察している。

12)マンドラゴラは発生直後の数年間、根だけの状態で生活するが、この時期、細い側面が非常に多く発生する。このうちのいくつかに、物質輸送において双方向性が見られることから、周囲の環境をDNAによって分析する器官なのではないかと考えられている。しかしながら、どのようにしてそれを行うのかは、まだわかっていない。


13)マンドラゴラは非常にデリケートな幻想植物であり、この方法でも湿度が十分ではない、または長時間地面から離された状態にさらされると、突然死亡することがあり、この場合も断末魔を上げることがあるので注意する。

読んでくださってありがとうございました。少しでも楽しんで頂けたらうれしいです。