見出し画像

#139読書から旅する(17)

今週は重厚且つ重要な書籍を読書中であり、また旅行中なので、(相当)過去の読書経験について。

2007年2月に亡くなった文筆家「池田晶子」の一連の作品である。
彼女の作品は「新・考えるヒント」や最近の再編集版のものを除いて、全て読んだ。「新〜」も読もうとしたが、彼女の小林秀雄への愛と思慕からなる作品なので、正直面白くなく、途中で読むのをやめた。

彼女の作品を読み始めたきっかけは、亡くなった際の記事を朝刊でたまたま読んだことだが、その記事には『14歳の君へ どう考えどう生きるか』の一部が引用してあり、その一部に深い衝撃を受けた。正確な文章ではないが「もし君が今いじめられているのなら、とても辛いだろうが、君はいじめる人と違って悪いことをしていない。善い人なのだから胸を張っていい。」というような箇所の引用にハッとしたのだった。
というのも、当時、初めての転職をしたところで、新しい職場で色々と苦労していた(今思えばハラスメントの類)から、「どういう仕打ちを受けようと自分が善ければ良いのだ」と開き直れた。それ以降、何をされても全て無視、放っておけるようになった。

同時に、彼女の作品の虜になる。『帰ってきたソクラテス(ソクラテスシリーズ)』や『考える日々』は時事問題をユーモラスにその本質をついた作品でとっつきやすいが、私には初期の作品群に文筆家としての宿命に殉じた同氏の姿を見る。

また、『死と生きる 獄中哲学対話』も互いの手紙が、良質なサスペンスドラマのようで、引き込まれた。
無論、氏は「本当に大事なこと」は外さずに、相手と全身全霊で対峙している。

後期の作品は、特に、死後出された作品は読みやすいと思うので、多くの人に薦めたい。

と言いながら、実は、先日実家に帰った時に、持っていた彼女の作品のハードカバーを全て処分した。深い理由はないが、手放して本棚を空けたかった。
きっと次の読み手が、あれらの本を待っていることを願っている。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?