見出し画像

プロ意識を問われる“妥協“という踏み絵を前に、あなたはどう行動する?『ボーダレスネーム』

【レビュアー/おがさん

『ボーダレスネーム』は欲張りな作品だ。広告代理店でデザイナーとして働きながらも漫画家を目指す主人公・亜生(あお)のように、2巻完結の本作には無数のテーマが詰め込まれ、谷中分室先生の読者に伝えたいという意思を強く感じる。だから大好きだ。

少年ジャンプ+」で連載されていた本作は、ジャンルでいうとお仕事漫画である。特筆すべきところは、亜生がデザイナーの仕事を辞めて漫画家を始めるのではなく、どちらも両立させようともがく姿にある。

仕事は締切と妥協したくなる気持ちとのせめぎ合い

お仕事漫画を読んでいると、自身の仕事を振り返りたくなる。

私はデザイナーでもなければ、デザインをかじったこともない。けれども、セールで使用するバナーや営業資料などのデザインを監修することがある。

その度にイメージを伝えることはこれ程にも難しいのかと毎回痛感する。イメージのすり合わせには要件定義が必須で、この要件定義をどこまで詳細にできるかが成果物を大きく左右する。

度重なる打ち合わせと修正の末に迫り来るのは締切だ。締切に間に合わせるためという大義名分で、品質に妥協してしまったことは何度でもある。

それでも亜生は妥協したくなるギリギリのところで踏みとどまる。

後輩の加賀(かが)がプレゼンに失敗し、トレーナーの亜生が叱責される。案が悪いわけではなく、伝え方を自分が見てあげられなかったことを悔いる亜生。自分の案を否定され、代案を用意しようとする加賀に亜生はこう告げる。

画像2

『ボーダレスネーム』(谷中分室/集英社)より引用

加賀と亜生が二人だけで遅くまで残って出来上がったキャッチコピーは、人に伝えようという思いであふれていた。そして、その思いは亜生が漫画で伝えたいテーマにも繋がっていく。

迫る締切と妥協したくなる気持ちのせめぎ合いの先にだけ、良質な仕事は存在することを教えてくれる。

自分が誇りに思える仕事を

亜生は数多くの悩みを抱えて仕事をする等身大のキャラクターだ。その弱さに共感し、自身を重ねることができる。

デザイナーとしては、自分の意見を伝えられず無難な案を選んでしまう時がある。そして漫画では16歳の若い才能に嫉妬し、自分のスタイルを見失ってしまう。

夢を見続けることに絶望したくなる状況でも、亜生は立ち上がる。一人では立ち上がれない時は、仲間に支えられながら。諦めない意思は、仕事を好きだと言えなかった亜生を変える。

亜生の優しさに甘えていた後輩から言われたセリフの返答から、ブレない強さを手にしたことが分かる好きなシーンがある。

「亜生さん変わりましたよね・・・前はもっと優しかったし大人っぽくて服とかもオシャレで・・・憧れてたのに・・・」

画像1

『ボーダレスネーム』(谷中分室/集英社)より引用

亜生を変えたものは誇りだ。自分の仕事ぶりを誇らしく思えるかどうかは、他人ではなく自分自身が一番分かる。妥協することなく仕事ができた時に、見てくれや他人の評価に頼らない、揺るぎない自信が生まれるのだろう。

デザイナーの経験によって漫画で描きたいテーマが決まり、漫画表現で伝えたいことはそのままデザイナーとしての仕事に対する姿勢にも繋がっていく。仕事には境界線はなく、遠回りに思える経験もまた糧になる。

亜生のようにどれだけ絶望に襲われようとも、諦めず絶望を超える希望さえ持っていれば、悩みも焦りも嫉妬も経験として武器にできるのではないだろうか。

『ボーダレスネーム』は読者に夢を与え、背中を押してくれる作品である。


この記事が参加している募集

読書感想文