パーシモン

パーシモン
作詞:tmrr 作曲:島林深雪

くちをひらいてまた閉じて
はじける息はまるで
きん色のうみにただよう
くじらのしぶきみたいだ

一びょうかんが
一ねんにも
おもえる日びに
しおりをはさむ

きみがすきだった
ずっと
きみをすきだった
なんて
げんの切れたピアノすら
うたいはしない

にぎった手のひらにのこる
ほそい爪あとはまるで
しだれた尾をゆらすとりが
つつくみかづきみたいだ

一びょうかんが
一ねんにも
おもえる日びを
ゆびでなぞった

きみがすきだった
ずっと
きみをすきだった
なんて
げんの切れたピアノすら
うたいはしない

*以下、作品として楽しみたい人には一切おすすめしません。

作品の制作過程について多くの言葉でつらつら解説することはかっこいいクリエイターがやることじゃないと思っていますが、わたしはかっこいいクリエイターじゃないので詳細にしたためます。

***

この曲の歌詞を書くことになったのは、2018年1月、大久保駅近くの居酒屋でのことだったと思う。荻窪アルカフェで行われる「こまきとみゆき 僕らはどこに向かおうとしているのかライヴvol.12」に急遽、栄えある”どこ向かメイト”として出演することになったため、こまみゆのお二人と曲の合わせをしたその帰り。ちょうど、深雪さんがわたしが作った俳句を歌にするという試みをしていて(※こまきさんはプロの歌人で、毎月深雪さんがこまきさんの短歌をもとに「短歌曲」というのを書いている。どの歌もすばらしいのだ、これが)、なんとなくそんな話になった。確か、この俳句を書いたときの気持ちとか、採用されなかった俳句について喋っていたのだと思う。
「メロディだけがある曲があるので、作詞を」ということになったので「ぜひやらせてください!」と言った。こまきさんの後押しもあり、がんばるぞ~と思っていた、のだが。

この曲をはじめて聴いたときからこのサビのメロディは
「きみがすきだった」
と言っているようにしか聴こえなかった。
これを受けてもう一度聴いてみると、イントロ→Aメロへと引き継がれていく6/8→5/8→6/8…という変拍子がさざ波のように感じられ、一度は諦めた気持ちに何度も足をすくわれる未練のゆらぎにしか聴こえなくなった。
まったく、正月からなんという曲を書くのだと思った。

わたしは苦悩した。
「きみがすきだった」というような直接的な言い回しで歌詞を書いてよいものか。いや、苦悩というよりは、覚悟がなかったのかもしれない。誰かを思ってやまない、そんな歌詞を書くことへの覚悟のようなもの。
しかし、ぐずぐずしたところで一度ついたイメージが取れることはなく、むしろ聴けば聴くほどわたしのなかでは色濃く定着していったので、結局メロディに語られたとおりの歌詞を採用にすることにした。

そのかわり、「きみがすきだった」以外の歌詞は、できるだけ無為のものとする必要があると考えた。とっさに思いついたのはこの和歌だった。

あしびきの 山鳥の尾の しだり尾の ながながし夜を ひとりかも寝む
――柿本人麻呂 出典:「拾遺集」

「ひとりかも寝む」が本当に言いたいことで、あとの五七五を「長い、とにかく長い夜」ということだけに使う大胆な(そしてきっとこれ以上他にない心情表現である)和歌は、百人一首の中でもひときわ印象的で、この歌詞もそうありたいと思った。
Aメロはすこし遠くにとばし、Bメロで抽象的ながらも徐々に「きみ」と「いま」を手繰り寄せる。すべてはサビのその一言のために。
構成が決まってからも、AメロとBメロの言葉選びにとにかく時間がかかった。どこまで「つかずはなれず」をやりきれるかの勝負だと思ったので、何度も書き直した。

とりあえず深雪さんには1番だけを提出して(このときはまだ曲名も決まっていなかった)、GOサインがいただけたので2番の制作をはじめた。

最後まで迷っていたが、2番のサビは1番と同じ言葉にした。多分、この曲を続けようと思えば100番とか200番までつづいて、でもきっと続くのはサビのこの一連しかない。ためしに書いてみたらもうこれしかない、というような感じで、あっさりとおさまった。

そもそも歌詞は無為なものであるし、どこかおとぎ話のような遠さもほしかったので、表記はできるだけ平易にしつつ、一部分だけを漢字表記にして読みにくくした。
それから、こんなに短い歌詞なのにやたら改行が多いのはひとえに未練のたまものだ。先日、深雪さんがライブで「"きみがすきだった"と過去形で話しているけれど、今もまだ好きなんじゃないか」というような推測をされていたけれど、わたしもそう思う。これは曲にも妙があって、イントロに必ず回帰して、また波に足をすくわれてしまうので、終わりようがない。

さて、勘のよい方はお気づきかと思うが、2番のAメロに出ている「しだれた尾をゆらすとり」は和歌からの引用だ。もっというと、曲名のパーシモン(=英語で「柿」)は、「柿本人麻呂」から拝借している(ついでに、深雪さんが最近よく歌っている米津玄師の「パプリカ」の語感も簡単にオマージュできて、個人的にはかなり気に入っている)。

この短い歌詞を書くのになんと1年半も費やしてしまった。かっこいいクリエイターへの道は遠い。と思いつつ、ほかにもいろいろと挑戦してみたい。

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