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心が雨漏りする夜に

おれは市内のボロアパートの一室で目を覚ました。
昨晩から降り続く雨は、未だ止む気配がなかった。ほのかにカエルの死骸の匂いが漂う。

隣には薄汚れたお爺さんの遺体があるけれど、それにしても、随分と気持ちよく眠れた気がする。

いつもは公園のベンチの上だったり路地裏のダンボールだったりで睡眠を摂っているので、おれのそれは睡眠というよりは気絶に近かった。その日は久しぶりに出向いた派遣先の日当を手にしていたので、たまには泥酔して寝るのも悪くないと思いおれは薬局に向かった。

昔からの味オンチで酒のうまいまずいは良く分からない。おれが酒に求めていたのは単純な浮遊感とか、気持ち良さだとか、そういうのだった。
だからおれは薬局でエタノールを1本買って、公園で飲むことにしたのだった。味はほどんどしないが、なんだか内臓が消毒されていく気分にはなった。

その後眠る場所を探すべく市内をデラシネのようにさまよっていると、おれの眼前に廃れたアパートが飛び込んできた。アパートというか、ニュアンス的にはあばら家という感じだ。

そのあばら家は2階建てで、1階にはドアが2つあった。おれは履いていた靴下を脱ぎグルグルに丸め、それを右側のドアに投げつけた。ポスンと腑抜けた音がしたので、おれはなんだか愉快な気持ちになった。

中に入ると異臭がした。
何事だと思い豆電球の紐を引っ張ったが、どうやら電気は止められているようだった。仕方がなしに、おれは異臭の発生源であろう人間大のかたまりの横に寝そべり、半ば強引に床に就いたのだった。

寝ている最中、おれは夢を見た。

ハリネズミ語を習得するべくハリネズミ大学に入学したおれは、日夜勉学に励んでいた。ハリネズミ大学の講義はそれこそ命がけで、不相応な態度をとった人間はジャンボハリネズミの手で串刺しにされ、体毛を抜かれエセハダカデッパネズミと学名を与えられ一生をホルマリンの中で過ごさなければならない。
事実、おれとともに入学した長宗我部は入学初日に失態をやらかし今もホルマリンに浸かっている。

体育の時間はサッカーをする。サッカーボールの代わりにハリネズミを使うので、おれも痛いしハリネズミたちもさぞかし痛がっているのだろう。グラウンドにチューチューという鳴き声が響く。
するとおれは全身毛むくじゃらのラマのような先生に呼び出され、「これではサッカーにならない。そこの君、体育倉庫に行って5分以内にサッカーボールを取ってきなさい」と命じられた。

おれは急いで体育倉庫に向かい、扉を開けた。するとそこには、おれが高校の時片思いをしていた女の子がちょこんと座っていた。

「そんなところで何をしているの?」とおれは尋ねる。すると彼女は「別に。ただ、私はサッカーよりも卓球をやりたかったのになあ」と残念そうに言った。

「そうか。ところでサッカーボールはどこにあるか知らないかい?」

「ねえ。サッカーなんてどうでもいいから、少し私と遊ばない?」

「あいにくだが、5分以内に帰らないと、おれもホルマリン漬けにされてしまう。あまりゆっくりはできないんだ」

おれがそう答えた瞬間、彼女の顔面はパイナップルに変わってしまった。おれは何を血迷ったのか、サッカーボールの代わりにパイナップルと化した彼女の顔面をもぎ取り、先生に提出することにした。それがいけなかったのか、ついにはおれも長宗我部の隣で、ホルマリンにどっぷり浸かる羽目になってしまったのだった。


「なんていやな夢を見てしまったんだ。おれは」

室内を朝日が照らす。遺体の腐敗臭にはすっかり慣れ、もうカエルの匂いもしなくなっていた。
今日は、ちゃんと仕事を探しに行こうかな。

おれは残ったエタノールでお爺さんを消毒し、振らついた足取りで駅に向かって歩くのだった。

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