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鎖国状態

 あなたに部下がいたと仮定しよう。面談の際にその部下が脚を組んでガムを噛んでいたとしたら、あなたは率直にどう思うだろうか。あるいは、アフロヘアーでアクセサリーをジャラジャラと付けていたとしたら。

 あなたがどう感じたかは別として、その部下に対してあなたは、ガムを捨てて態度を改めるよう促すのでは無いだろうか。あるいは、職場に合ったヘアースタイルや身なりをするように指導するのではないだろうか。
 しかし、それを聞いた部下がこう言ったとしたら、合理的で論理的に正しく、人権にも配慮した明確な答えを持っているだろうか。その部下を十分に納得させることが出来るだろうか。

「それは、何故ですか?」

 何か良い説明が思いついただろうか。それとも、失礼な態度はやめろと言い続けるのだろうか。

 では、その部下がもし、いわゆる外国人だったらどうだろうか。同じことを言うだろうか。それとも、海外ではどうか知らないがここは日本なので日本のルールに従って下さいと言うのだろうか。


 冒頭のような態度や格好を無条件に肯定しようと言いたい訳では全く無い。それぞれの仕事には、それぞれのルールがあるはずだし、職場というコミュニティの中で守られるべきローカルルールもあるだろう。
 建設現場で作業員として雇った新人がスーツを着てきたら現場監督や先輩の職人は作業着に着替えて出直して来いと言うはずで、それは間違っていない。それでもその新人が自分の着ているスーツを指差して、これが僕の作業着ですと言ったら、もう来なくて良いと追い返すだろう。
 逆に事務所で、当然スーツを着てくると思っていた新人がジーンズで出社したら、スーツを買ってこいと言うだろう。そこでは髪の色を染めることすら駄目と言われるかも知れない(きっと女性は髪の色や適度なアクセサリーが許される)。


 これまで何となくスタンダードなルールと思っていたことが、日本だけで有効な場合がある。そんな時、海外では足を組むのは寧ろ友好の印ですよと言ったりすると必ず返ってくる言葉がある。老若男女、年齢にかかわらず多くの人が口にするのを聞く。しかも少し呆れたように。
 それは、

「ここは日本ですよ」

というフレーズだ。そんなのは分かっている。同時にこう思う。日本はまだ鎖国状態なのだな、と。

 日本に旅行に来るなら日本語の挨拶くらいは覚えて来いというのはまだ分かる。しかし日本で働くなら日本語が必須ですと聞くと多くの外国人は引くだろう。ある意味、理解出来ないだろう。日本は働く場所では無いと思うだろう。
 それでも、日本で働く方が自国よりも高収入が見込めるというのなら日本語を覚える価値はある。しかし今や、東南アジアの出稼ぎ者の多くは欧州を目指すという。日本で働いても故郷に仕送り出来るほど稼げないからだ。

 日本には日本人が住んでいて、その日本人は当然に日本語を喋る。日本語が喋れなければ快適な生活はなかなか望めない。そんな社会システムが現存する国はある意味貴重だ。少なくとも先進国と言われる国では。
 こんなにも貿易を行い、エネルギーや食料の多くを輸入に頼っている国が、言葉や社会常識みたいなものがほぼ鎖国状態なのはレアなことだろう。そのことを、何が悪いと開き直るのも鎖国状態の特徴だ。

 そして日本語や日本独特のルールの他にもう一つ、デジタルに対しての拒否反応も著しい。本人がまだ五十代でも「年寄りには難しいんだよ」と言ってのけて覚えようとしない人がいる国はそうは多くないのでは無いだろうか。必要に迫られても、こんなシステムを導入しやがってと悪態をつくばかりで、他の人の手を煩わせる。
 つまり、デジタルでも鎖国状態なのだ。

 それは国が公開する統計データにも表れていて、日本の政府統計は実に使い難い。企業でもデータベースというととにかく何でもExcelを駆使して何とかしようとするくらいデジタルリテラシーは低い。システムは融通が利かないから駄目だと言う人までいる。

 ここは日本だからという鎖国精神によって守られているものも確かにある。だから全てを否定はしないが、もう少し世界に向けて開いても良いのではないかと思う。
 でも、ニュースを見ても殆ど日本のことしか報じていないのだから無理もないというところか。

おわり

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