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そして誰も来なくなった File 18

「名探偵アスカの推理をお聞かせ願えます?」

彼女はソーダ水をテーブルの脇へ滑らせると、組んだ手のひらに顎を乗せた。返答いかんによれば命はないと思わせる口振りである。

「そうですね。では、僕が貴女を疑ったきっかけからお話ししましょう」

僕はカバンからスマホを取り出すと、招待状を撮った写真を見せた。

「孤島に集められたみなさんの招待状が、それぞれ異なることは以前にお話しした通りです。その人を縛り付ける過去を表すものをデザインにして、ノイ・テーラー、そしてギルバートはほぼ確実に招待客を館へ閉じ込めた」

スマホを操作して、彼女の招待状を表示させた。

「ちょっと、いつの間に!」

「ごめんなさい、どうしても気になって、部屋で貴女の招待状を拝見したときにこっそり撮影させてもらいました」

「貴方って、ほんと抜け目がないのね」

「美里にもよく言われます」

頭を掻きながら説明を続ける。

「貴女のもののデザインが、赤い背景に星条旗である意味が、どうしてもわかりませんでした。星条旗はアメリカを示していると見て間違いないでしょう。では、赤色の方はどうか? 食べ物か何なのか迷った挙げ句、貴女が地下へ消えてから、勝手ながらお部屋を捜索させていただいたときに、やっとわかりました」

「まあ、レディの部屋に無断で入るなんて私より犯罪者よ。下着とか触ってないでしょうね?」

「当たり前です! どうかこの探偵気取りをお赦しください。実は生還後に美里も話してくれたのですが、赤色は、中国の国旗を表していたんですね。貴女が持参した写真のなかに、若者たちが集団で冊子をもちながら行進しているものがありました。あれは、1966年から本格化した文化大革命を撮影したもの、そうですよね。毛沢東が主導した急進的な社会主義の政治闘争…あまりに急進的な政策をやりすぎたために、多くの人命や文化遺産が失われた政治運動です」

彼女はイエスともノーとも言わずに愉しそうに嗤っている。構わず、話し続けることにした。

「館にいたときは、なぜアメリカと中国が結びつくのか理解できませんでした。資本主義と共産主義、イデオロギーが正反対の国どうし、どこで貴女と接点をもつのか掴めませんでした。それに貴女は、愛知県出身の母親と、シカゴ出身の父親との間に生まれたハーフだという。嘘か誠かはさておき、少なくとも日本語がお達者なところから推察するに、貴女は日中米の3カ国に渡る何かを背負っているはずだ。こう考えたわけです」

「いいわね、名探偵アスカくん。素敵よ」

僕は調子を狂わせられないように咳こんだ。

「この時点では、貴女が秘密を隠していることは想像できても、犯人かどうかまで確信が持てませんでした。しかし、先ほどの動画を観たときに、今まで欠けていた最後の環が落ちてきて、すべて一つにつながったのです。ノイ・テーラーは、既に過去の人間なのだ、そして貴女がその末裔だと考えれば、不可解な出来事の説明がすぐにできてしまうのです」

「もう少し噛み砕いて話してくれる?」

「はい。年齢から考えれば、ノイ・テーラーは貴女の曽祖父ではないでしょうか。あの映像に登場した米兵こそ、ノイ・テーラーです。彼は兵士として中国に赴き、そこで出逢った現地の女性と結婚し、娘ができた。この時点で、米中二か国が登場しています。さらに、次の動画では中国で若者たちが行進している様子が描かれていた…そう、貴女がお持ちの写真と同様、文化大革命のことですよね。その混乱によって曾祖父母は離別した。米中という場所と、文化大革命という歴史的事件が、あの動画と貴女を結び付けているのです。貴女がノイ・テーラーの末裔だと考えても、無理のない推理だと思いますが、いかがでしょうか」

「ひとまず、最後まで聴かせて。愉しいから」

「それなら、お言葉に甘えて話し尽くしてしまいましょう。貴女がノイ・テーラーの末裔であると仮定すれば、自ずと貴女が館に来た理由を考えたくなりました。なぜ、自身の曽祖父が遺した館で、わざわざ今回の事件に巻き込まれたのか。ただ単純に誘いに乗るような稚拙な行動を貴女が取るはずがない。明確な目的意識をもって館に臨んでいたはずです」 

「ある目的って?」

「本当は言いたくありません。あまりにも残酷すぎるからです。ですが、こう考えれば、貴女の一連の行動が理解できてしまうのです。貴女はギルバートを唆して、自らの手を汚さずに、今藤はじめの殺人犯にしたかったのです」

「……」

「ギルバートが安子さんの死を知ったのが先か、それすら貴女が仕組んだことかは定かではありません。しかし、少なくとも、彼の今藤はじめに対する憎悪を利用し、彼に接近し、今回の事件の計画をもちかけたのは確かでしょう。なぜ、わかるのか根拠を教えてほしいですか? 決まっています。いくら彼が長年テーラーに仕えてきたといっても、一介の執事にすぎません。貴女の存在、もっと言えば貴女の属する調査機関の情報網があったからこそ、他の招待客の過去を調べ上げることが可能だったのです」

「推測が過ぎるんじゃない?」

「いいえ、始めからおかしいと思っていたのです。今回の殺人を実行するには、一人の人間の力だけでは到底不可能でした。すべての招待客を確実に誘う『エサ』を用意するだけで一苦労です。さらに、今藤が殺害された後に美里が遺体をテレビ台の下に移動させる出来事がありましたが、これも誰かが助力したようだったと美里が証言していました。今藤を殺害し、美里と遺体を運び、そのうえで彼女を気絶させて隠し扉に移動させ、電気を復旧する。暗闇のなか一人で行ったにしては、超人技としかいえない作業量です。

しかし、始めから貴女とギルバートの共犯だったと考えれば、途端に説明がつくのです。あの日、ギルバートが電源の操作と殺人の実行を担当し、貴女は不測の事態に備えて後方支援をする手はずだった。計画通り、ダイニングの電源を落とした後で、ギルバートが遠隔操作の電気ショックによって今藤を殺害した。ここまでは上手くいきました。しかしそのとき、思いがけず美里が彼の遺体をテレビ台の下に移動させようとしていることに、近くにいた貴女が気づいたのです。貴女は『これは使える』と思ったのでしょうね。暗闇の中、美里に見えないように手伝って早々と遺体を隠し(もちろん、遺体に指紋がつかないよう手袋をはめていたでしょう)、彼女をスタンガンのようなもので気絶させた。そして、ギルバートにわざと電源の復旧時間を遅らせてもらい、その間に隠し扉に美里を隠した。そうすればすべての濡れ衣を美里一人に着せることができる」

僕はむらむら蒸気のように立ち昇る怒りを抑えられずに悶々とした。目の前の彼女はソーダ水の入ったグラスを玩びながら呼吸を繰り返している。

「面白い推理だけど、まだ推測の域を出ないわね。状況証拠だけで固めた推理でしょう? 私がギルバートと共犯したという確証を示してもらわないと」

すでに「いつわかったの?」と認めているくせに、やはりこの人は往生際が悪い。だが彼女は犯行を認めながらも、彼女が納得する推理の過程を求めているのだ、と考え直して、僕はクッション付きの椅子に座り直した。

「いいでしょう。貴女は、一つの過ちを犯したのです。ギルバートが一人で犯行したと仮定して話していたとき、貴女は美里に何て言いましたっけ?」

僕は胸ポケットからボイスレコーダーを出して、再生させた。早送りをして目的のところまで進めて一時停止し、改めて再生ボタンを押す。

「ボイスレコーダーなんて持ってきていたの! 私、まさか」

「ええ。貴女はこう言いました。お聴きください」

ボイスレコーダーはゆっくり語りだした。なぜ軽々と今藤の遺体を運べたかわからないと美里が言ったときの、マーガレットさんの返答である。

『ギルバートは美里ちゃんが今藤を運んでいるのを見て、これは使えると思ったのよ。”今藤の肩をもって美里ちゃんを助けて今藤を隠し”、直後に貴女を気絶させれば、貴女を犯人に仕立て上げられる』

「なぜ貴女は、なぜギルバートが遺体の肩をもっていたとご存知だったのですか? 裏返せば、なぜ美里が遺体を運ぶときに今藤の足をもっていたのかご存知だったのでしょうか? 普通、人を運ぶときは上半身を抱えませんか? しかし、美里はあのとき偶然、今藤の足首を後ろ手でもって引き摺っていたのです。貴女が美里の背後に立ち、床に引き摺られた遺体の肩をもって移動を手伝ったからこそ、美里に気づかれずに事を進めることができたのです」

彼女は、憎らしそうにボイスレコーダーを見つめている。おもむろに顔を上げると、冗談めかして僕に告げた。

「飛鳥くん、悪いことを言わないから、私たちの仲間にならない? みっちり仕込んだら、立派な諜報部員になれるわよ」

そして、間をおいて語りだした。

「安子さんの死を知ったギルバートに近づいて、今回の事件を計画したのは私の上司よ。私は上司の書いたシナリオに沿って行動しただけ。今藤を殺害し、美里ちゃんを閉じ込めた。本当は彼女を殺害して生き証人を消すつもりで、地下空路に行ったの。でもね、結果的にギルバートが裏切ったの。貯水槽を破壊して、水没させようとした。主人の遺産を独占したかったのでしょうね。でもギルバートは知らなかったの。ノイ・テーラー自身が地下空路を傾斜させて、どれだけ水を放出させても招待客を殺さないようにしていた、そしてあの動画を観るように仕組んでいたことをね。だから、私は計画を変更した。美里ちゃんと地上へ戻った後、反対に彼を死地へ追い込んだの。本来、玄関から飛び出すレーザー光線は微々たるものなのを、確実に死に至るほどの強さに調節してね。飛鳥くんに当たらなくてよかったわ。やはり、日ごろの行いがいい人は運がいいのね」

僕は返答に窮した。彼女はホームズとモリアーティ教授のどちらなのだろうか。彼女の属する機関は、きっと探偵にも犯罪者にもなれる逸材を揃えているのだろう。肌が粟立つのを感じながら、彼女がどちらなのかは彼女の行動で決めようと思った。僕はどうしても推理できなかったことを質問した。

「最後にお訊きしてもよろしいでしょうか。貴女は、そして貴女の上司は、なぜギルバートを破滅に追い込んでまで、この犯罪を行ったのですか?」

彼女は言った。

「それは、私の血筋の歴史を知る必要があるわ。曾祖父と中国で結婚した女性、つまり私の曾祖母は、元は日本人よ。日本から旧満州国に移住して、敗戦とともに家族を喪った子ども……いわゆる中国残留孤児なのよ」


                            (つづく)





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