第15回 これだけ!論文を読んでみよう(線形代数)
前回は3次元のばねマス系の連成振動の解について解説しました。
今回は今まで学んだ内容の実践、というほど仰々しいものではないですが、線形代数がどのように使われているのかを、論文を読みながら見ていきましょう。
1.今回紹介する論文について
今回紹介するのはこちらの論文。
Numerical modeling of traffic-induced ground vibration
Mohannad Mhanna, Marwan Sadek , Isam Shahrour, 2011
この論文が掲載されているComputers and Geotechnicsは、地盤工学におけるコンピュータ支援の解析と設計に関する研究を掲載するジャーナルです。このジャーナルは、数値アルゴリズム、構成モデル、確率的手法、および地盤工学と工学地質学などの技術分野を網羅しています。
ではまず、この論文の要旨を見ていきます。
①「道路交通による地盤振動は大きな環境問題である」と前置きをしたうえで、②「4自由度の自動車モデルを用い、この荷重を3次元有限差分モデルに導入し、道路交通に起因する地盤振動を求める」と研究内容を説明しています。今回の肝はこの"4自由度の自動車モデル"です。
そして、③「解析の結果、交通誘発振動の振幅と周波数の両方が、主に車速、路面の凹凸、車両のサスペンションシステムに影響されることが示された」と主張しています。
次からの節で①②③について掘り下げて見ていきましょう。
2.①について。何の目的で研究するのか
最初に結論を書きます。この論文の目的を(ざっっっくりと)まとめると、「車が走ると地面が揺れて嫌なことがあるから何とかしたいよね。じゃあ自動車と地盤をモデル化してシミュレーションして、どうすれば地面の振動が減るのか提案してみよう」という目的で研究をしたようです。
詳細に興味がない方は次の節に進んでも構いません。
Introductionの章で、前提を次のように説明しています。
「道路交通による地盤振動は大きな環境問題である。」「交通に起因する振動は、住民に不快感を与えたり、敏感な機器に障害を与えたり、さらには近隣の構造物に損傷を与えたりする可能性がある。」としています。つまり、車が路面を走ることによって地盤に振動が発生し、それが我々の生活に悪さをすることがある、ということです。
次に先行研究について、ざっっっくりとまとめると次のようなことを言っています。
これまで多くの実験的、理論的及び数値的な研究がなされている。
知覚可能な振動の原因は主に大型車両であり、振動レベルは車速や舗装表面の凹凸の高さ・深さとともに増加する。(実験的研究)
振動レベルと周波数は、車両の重量や速度、サスペンションシステム、路面状態、土壌特性など、いくつかの要因に依存する。(数値的研究)
トラックの固有鉛直振動数と建物の第一固有振動数の一致を避けるべきである(数値的研究)
数値的研究では境界要素法や有限要素法での解析がこれまでにあり、またツールとしてMatlabを用いた研究などがある。
そして今回の論文の目的として、次のようなことを述べています。
「本論文では、交通による振動を時間領域で解析するためのグローバルな数値モデルを提示する。数値モデリングは2段階で行われ、第1段階では路面の凹凸による荷重を決定するために4自由度の自動車モデルを用いる。第2段階では3次元有限差分モデルを用いて、第1段階で決定された荷重による地盤振動を決定する。」と説明しています。
3.②について。自動車をモデル化するとは?
Numerical modelの章で、車両モデルについて次のように説明されています。
「舗装の凹凸に起因する動的車軸荷重は、バネ、ダンパー、および集中質量で構成される移動車両モデルを使用して決定される。」と訳されます。
シミュレーションに際して、車が地盤に与える力を求めておく必要があります。それが動的車軸荷重と呼ばれるものです。つまりこの動的車軸荷重を求めるにあたって、車を質点とばねとダンパーの集合体とみなしていいよ、と言っています。
「近年、路面の凹凸に起因する車両の動的軸荷重を決定するために、いくつかのモデルが提案されている。これらのモデルは、単純化されたモデルからより複雑なMDOFモデルまで多岐にわたる。」と訳されるように、モデル化するにもいくつかのやりかたがあります。そのやり方を決めるのが自由度(DOF, Degree of Freedom)です。自由度とは自由に値をとることができる変数の数のことを言います。一般に車のサスペンションやタイヤのゴムのようなばね要素が増えれば増えるほど、自由度は増していきます。
では実際にどのような自由度がモデルに使われているかというと、論文によれば、2DOF(1/4車両モデル)、4DOF(ハーフカーモデル)、7DOF、2軸車モデル(ごめんなさいわかりません)などが過去に使われています。そして今回の研究では4DOFのハーフカーモデルを用いるとのことです。その理由は後述します。
今回使う4DOFモデル(ハーフカーモデル)の全体像を下図に示します。
このままじゃ「ふーん」って感じだと思うので、図の要素がそれぞれ何を示しているのかを下の2つの図で説明します。
まずこの図は車を側面から見たものと考えてください。この時、
赤枠で示した大きい長方形は車体を表します。そしてばねとダッシュポットを介して青枠の2つの長方形につながっています。これがタイヤを表します。そしてタイヤにバネを介して紫枠のくねくねに接しています。このくねくねが地面です。
車体とタイヤの間にある緑枠のばねとダッシュポットはサスペンションを、タイヤと地面をつなぐばねはタイヤのゴムを表しています。このように車体とタイヤ2つで車の進行方向に向かって左右半分の形状を模したモデルのことをハーフカーモデルといいます。おもに車体のピッチ方向の運動を評価するときによく用いるモデルです。ピッチというのは今回の場合上図に垂直な軸、つまり画面の手前に飛び出してくる軸周りの回転のことです。縦回転とも呼んだりします。鉛直方向に姿勢が上下するから縦回転なわけですね。
その他にもタイヤ一つと車体の1/4をモデル化した1/4車両モデルなどが良く使われますが、今回はあくまでハーフカーモデルです。その理由は車体の姿勢やフロントとリアのサスペンション特性の違いが路面への力の入力に影響するため、これらの変数をモデルに加味したかったからだと思われます。またタイヤ4つの完全な車体でモデル化しない理由は、今回使用する路面の凹凸が車の左右で全く同じ状況のため、計算の簡略化のためだと思われます。
このハーフカーモデルの運動方程式は下のようになります。
ポイントとしては
①Xを見ればわかる通り、車体の重心の座標、車体の傾き、タイヤ2つの座標の4自由度である
②M、C、Kを係数とした二回線形微分方程式で表される
③路面への入力はPで表され、Pはタイヤの座標から地面の座標を引いた値に比例する
この3つあたりをおさえておきましょう。
この車両モデルと路面データをFLAC3Dというプログラムに適用し、3 次元有限差分モデリングを用いて解くことで、路面への荷重や地盤振動がシミュレーションできた、とのことです。
このように実際の研究では、手作業で数式を解いたりすることもありますが、多くは数値シミュレーションを用いて数値的に解を求めます。
また今回の研究では数値モデルを検証するために、Lombaert and Degrandeが、時速23~58kmの車速で、人工的な道路の凹凸上をVolvo FL6トラックが通過することによる地盤振動を測定したフィールドデータ(実験的研究)を使用した、とのことで、数値解析の妥当性は実験によって得られた値と比較検討されます。そうしないと数値モデルが本当に正しいのか検討のしようがありませんよね。
4.③について。結果と結論をざっくりと
まず路面への荷重の比較です。赤の点線が数値モデル、黒の実線が実験値です。
よく一致しているのが分かります。
続いて地面の粒子速度(振動の度合いを示す量)を見ましょう。今回は一例として鉛直方向の粒子速度を見てみます。点線が実験値、実線が数値モデルによる予測値になります。
点線と実線の間に位相差や振幅のずれがあるのが見て取れますが、重要なのは粒子速度のオーダー(つまり値の大きさの規模感)が一致しているということです。
今回の研究では、下に示すCase1~Case3の減速装置、いわゆるハンプの上を車両が通過した際の路面への荷重と地盤振動の度合いを解析しています。
結果はこちら。
路面への荷重は短いハンプ(ケース2)が最も大きいことが分かります。
そのうえで、「短いハンプ(ケース2)は、高さが低いにもかかわらず、最も高い応答を生じている。さらに、このケースの地面の振動は、都市部で許容される振動の閾値を超えている。」と評価しています。
その他にも地盤振動の周波数解析や、サスペンションの違いによる路面応答の評価などもこの論文内で行っており大変興味深いのですが、これ以上説明すると読んでいる方が眠くなってしまうかもしれないので、興味のある方は原文を読んでみることをお勧めします。
最後に論文の結論の和訳を示して終わりにしたいと思います。
まとめ
今回は線形代数がどのように使われているのかを、論文を読みながら見ていきました。この手の数値解析の論文は、①物理現象のモデル化→②数値計算による解析→③解析結果の提示と考察、という手順を踏んでいます。特に論文の要となる①の物理現象のモデル化で線形代数が多く用いられており、このような論文を全体を俯瞰して理解するためには線形代数の知識は必須といえるでしょう。
今回の論文の内容(特にハーフカーモデルの数式部分)を理解できた方は線形代数の知識も物理の知識もしっかり備わっていると思います。その調子で勉強していきましょう。今回理解できなかったとしても問題ありません。勉強を継続して行うことで、ある日突然読めるようになります(マジです)。継続して勉強に励みましょう。
今回をもってこれだけ!シリーズの線形代数編はいったん終了とさせていただきます。次は微分積分か解析力学か、悩ましい所ではありますが、論文を読むうえで役立つトピックをお伝え出来たらなと思うので、また読んでいただけると幸いです。では終わりにします。ありがとうございました。
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