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近本光司のことが分からない…でも分からなくて面白い【1/31 試合なし】

「分かりやすく伝えるようにしましょう」
子どもの頃にやった作文の授業で、こんなアドバイスを何度も聞かされた。多くの人に読んでもらえるには分かりやすい文を心がけたほうが良いだろうし、僕だって基本的にはそう思っている。読者に共感してもらえる文章には、理解しやすい内容ほぼ必ず入っている。
だが、分かりやすさはあくまで評価基準の1つであって、良し悪しをすべて決める要素ではない。「分かりやすさ=おもしろさ」という考えがにも広く蔓延してしまっているのではないか、そんな風に思うことがある。娯楽が多様化したからなのか、タイパという言葉が流行するくらい時間に追われているからなのか、はっきりとした理由は分からない。けれども、複雑難解であることを理由に「つまらない」という評価になってしまうのは、ちょっと違うのではと思うのだ。

NHKのドキュメンタリー「スポーツ×ヒューマン」でタイガースの近本光司が特集された。試合外の近本に密着してトレーニングや試合の準備への向き合い方を紐解いた、良い番組だった。(ついでに言うと近本の腕がめっちゃゴツくてちょっとドキドキした)

近本は午後6時からのナイターゲームでも午前9時にはトレーニングルームで汗を流す。筋肉痛から回復する時間から逆算して、この時間に体を動かすらしい。このほかにも分単位で試合前の準備を計画し、1つずつ淡々とこなしていく。試合後はタブレット端末で打席を記録した動画を見て1打席ごとに何を考えていたのかを振り返る。更なる高みを求めて己を極めていくストイックな近本の姿が、そこにはあった。

だが約50分の番組を見終わっての僕の感想は「わ、分からん……」だった。
分からない。近本の考えていることがよく分からないのだ。

(打席では)地球に対してすっと立つ
(投球を)骨で捕まえに行く
自分の認知を超えて打つ

これらは全て番組内で登場した近本の打撃理論だ。彼の中では考えが既に整理されているのだろうけど、何のことだかさっぱり分からない。録画した放送をもう1度見たけれど、やっぱりよく分からなかった。

分からなかったけれど、面白かった。
むしろもっと近本に興味が湧いた。この人の考えを「分からない」の一言で片付けて終わりにしてしまったら、もったいないと思った。

複雑難解で分からないからこそ、もっと分かりたいという気持ちになる。彼の考えていることを想像したくなる。本当に地球に対してすっと立っているのか、球場に行って観察したくなる。
そもそも、これだけ探求し続けている近本でさえ7割近くは凡退するのだから、プロ野球のバッティングは複雑で難解なのだ。そう簡単に分かるものではないし、分かりやすく説明できるほど単純ではないのだろう。

テレビやスポーツ紙の取材でも、相変わらず近本は独自のコメントを出している。それを目にするたび、僕の頭の中はクエスチョンマークでいっぱいになる。でもそれが面白い。彼がどのようなことを考えてその結論に至ったのか、想像してみたくなる。

ペナントレースを制して日本一になった2023年が終わり、新しい年の春季キャンプが始まる。日本シリーズでMVPを獲得しても近本の探求は終わらない。ときに理解できない視点で自らをストイックに高めていく。
その過程の一部を僕たちファンは遠くから眺めて、考えていることの一部を共有させてもらっている。それはとても贅沢で、幸せなことだと思うのだ。

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