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図書館とKARATE

アメリカへ引っ越して1か月過ぎた頃ぐらいから、何かせずにはいられずにヨガができる教室を探したり、英語教室を検索する日々が続いた。

引っ越しを機に約20年務めた会社を退職し、専業主婦となった今、何かしないといけないのではと勝手な焦りを感じつつも、自分の稼ぎがないことに後ろめたさを覚え、ヨガ教室、英語教室に通うことなんて贅沢だと思ってしまい、なかなか通う決心がつかない。

まず自分で英語の勉強を始めよう!とようやく重い腰を上げ、その足で図書館へと向かった。開店30分後にも関わらず、すでに本を読んでる人、パソコンで何やら検索している人がちらほら。私は2人掛けのテーブル席に腰かけ、ノートと筆箱を出した。こんなに勉強に集中したのは久しぶり?いや、初めて?と思うほど、あっという間に約2時間が経過していた。静かな空間の中でやる勉強ははかどり、もはや英語がもう上達した錯覚を覚えるほど。
(そんなことがあるわけがない)

帰り際、ふと図書館の出入口にある掲示板が気になり、目をやると、
いくつかの広告の中から「FREE KARATE」の文字が飛び込んだ。
どうやら図書館の会議室を使ってKARATEのレッスンがあるようだ。
詳細については先生に直接連絡するシステムのようで携帯番号が
記載されていた。

え?KARATE?空手?
日本にいたら空手のKARAの字も気に留めていない私が
英語でKARATEを学べて、体を動かせる、そしてFREE!!
まさに私が求めていたことだと心が躍った。

やはり人は何かに向けて行動したときに、望むことも必然的に訪れる。
それに気づくか、それをどう扱うかはその人次第。
ただ新しい1歩を踏む出すのはどうも苦手だ。
やりたい気持ちがあるのに、あきらめる要因を必死に並べて
諦めさせようともう一人の自分が出てくる。
大抵、悩みの種は人からどう見られるのか、どう思われるのか、
という他軸の視点。いつもの癖がやってきた。

助けを求めるように、仕事から帰宅した旦那にKARATEのことを伝えた。え・・?空手?苦笑いした後に
旦那「何かに興味を持つことは素晴らしい、やってみればよい」
私「うん、そうだね、やってみるわ」
冷静を装って返答したが、心の中では「その言葉を待っていたんです!!ありがとう!!!」と万歳しながら、安堵の気持ちに包まれていた。

なんだろうか、あんなにもいろいろ悩んでいたのが嘘かのように
人からの助言で悩みの種が一瞬で消え、気持ちが軽くなる。
これまでも自分のため、自分がやりたいからと言いつつも、人の視線、
気持ち、世間の常識を優先にやってきたことがどれだけあったんだろうか。

今年からはもう自分のやりたいことをやっていこう。
トライアンドエラーを繰り返しながら、少しずつね。

次の投稿からは、いざKARATEに挑戦する話を綴っていこう。

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