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戯曲 三階①

6年前に『三階』という小説をnoteに公開しました。
掌編としては気に入っていた作品でしたが、書き足りない気持ちがずっと残っており、昨年戯曲という形で書き直しました。読み比べも面白いかもしれないので両方上げてみます。読んでいただけると嬉しいです。

短い戯曲ですが、形式が読みづらいと思うので一場ずつ公開していきます(一幕四場)。

【登場人物】
 兄
 弟
 郵便ポスト
 劇場係員
 パントマイムの男
 少女
 客1/白衣1
 客2/白衣2
 客3/白衣3
 客4/白衣4

【第一場】

ハッピーバースデーのオルゴール調のメロディーが流れる。
舞台の上手側奥に段があり、スロープで上り下りできるようになってい る。スロープの上が兄の部屋。勉強机と椅子。少年が机に突っ伏して眠っている。曲が終わると、パジャマ姿の弟が登場する。

弟   お兄ちゃん。
兄   むにゃむにゃ。
弟   お兄ちゃん起きてよ。
兄   うーん。なに……
弟   玄関が開かないんだ。
兄   あ? あー。うたた寝しちゃってた。なんだよ。
弟   玄関のドアが開かないの。
兄   開かない? どうして。
弟   雪で。
兄   は?
弟   雪だよ。いっぱい降ってるよ。
兄   まさか。
弟   ほんとだよ。

 (兄、窓を開ける。)

兄   うわ。すげえ積もってる。
弟   雪で重たくてドアが開かないの。
兄   嘘だろ、もう5月だぞ。

 (弟、くしゃみをする。兄、窓を閉める。)

兄   そんな格好でいたらまた風邪ひくぞ。布団に戻れよ。
弟   お兄ちゃん、ポストを見てきてよ。
兄   ポスト?
弟  手紙が来てるかどうか。
兄   こんな時間に郵便は来ないよ。
弟   今日、ポストに手紙入ってるか見てくるの忘れたんだもん。一昨日も昨日も来なかったから、きっと今日は届いてるはずなんだ。
兄   手紙は逃げないって。
弟   手紙が雪に埋まっちゃったらどうするの。
兄   まさかそんなに積もんないって。
弟  でも家から出られなくなっちゃったらどうするの。
兄   昼間になれば溶けるって。
弟   手紙が雪で濡れちゃうよ。お兄ちゃんがポスト見てきてくれたら寝るよ。ねえ。お願い。
兄   わかったわかった。屋根から降りて見てきてやるよ。
弟   ほんと?
兄   今日だけな。誕生日だから。
弟   えへへ。
兄   だから寝ておいで。
弟   うん。待ってるね。
兄   待ってないで、ちゃんと寝てろ。
弟   うん。(上手に去る)

 (兄、長靴を履く。窓を再び開ける。大きくくしゃみ。戻って上着を身につける。窓から出て屋根に降りる。弟が窓から顔を出している。)

弟   お兄ちゃん。
兄   (部屋のほうを見上げて)こら。寝てろって言っただろ。
弟   ケーキみたいだね。雪。おいしそう。
兄   ああうん。生クリームみたいだな。
弟   ポストの中、ちゃんと見てきてね。
兄   わかってるよ。
弟   ポストと封筒が同じ色だったら見えないから、ちゃんと手で触って確かめてよ。
兄   わかったから、さっさと寝ろ。
弟   はーい。(去る)

 (照明が兄にしぼられる。兄、弟のいたほうをしばらく見上げる。)

兄   ハッピーバースデー(雪をすくって舐める)。甘い。


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