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「貿易収支」、2種類あります

 円ドルレートなど為替の先行きを読みとく上で貿易収支の動向に注目が集まっています。例えば、みずほ銀行チーフ・マーケット・エコノミストの唐鎌大輔氏は、下記のnote(comemo)で「筆者は近年の円相場ひいては日本経済を考える際、真摯に考えるべきは日本の対外経済部門(象徴的には経常収支や貿易収支)の構造変化ではないか」と書かれています。

速報性なら貿易統計の「貿易収支」

 唐鎌氏のnoteだけでなく、為替レートに関連して貿易収支が取り上げられる場合、そのデータ元は「国際収支統計」(財務省・日本銀行)になります。ただ、国際収支統計は実績値が明らかになるまで時間がかかります。例えば、最新の2023年3月の実績値が公表されたのは2023年5月11日で1ヵ月強かかっています。2023年4月の実績値は6月8日に予定されています。
 これに対し、速報性が高いのは貿易統計(財務省)における貿易収支です。報道資料では輸出額と輸入額の差引額と表記されていますが、計算の考え方は国際収支統計と同じです。2023年3月の貿易統計の速報値は4月20日に公表されてます。また、2023年4月の実績値は明後日(5月18日)に公表される予定です。

国際収支統計の貿易収支の赤字は、貿易統計のそれより少ない

 一方、国際収支統計の貿易収支の赤字は、貿易統計の「貿易収支」より少ない傾向にあります。下の図は、それぞれの統計の輸出額から輸入額を差し引いた貿易収支を比較したものです。月次データの観察なので、以前noteで書かせていただいた「季節性」を取り除いた、季節調整値で描いています。そして、貿易統計の貿易収支から国際収支統計の貿易収支を差し引いた金額を緑色の棒グラフで示しています。棒グラフは下向き、つまりずっとマイナスであり、国際収支統計の貿易収支は貿易統計の貿易収支よりも少ない傾向にあることがわかります。

(出典)「貿易統計」(財務省)、「国際収支統計」(財務省・日本銀行)をもとに作成

輸入額の違いが両統計の貿易収支の違いの主因

 なぜ国際収支統計における貿易収支の赤字幅が、貿易統計のそれより小さくなるのでしょうか。この主因は、輸入額にあります。下の図は、貿易統計の輸入額と国際収支統計の輸入額を折れ線グラフで、貿易統計の輸入額から国際収支統計の輸入額を差し引いたものと、緑色の棒グラフで示しています。棒グラフは上向き、すなわち、貿易統計の輸入額が一貫して国際収支統計の輸入額より大きいことがわかります。

(出典)「貿易統計」(財務省)、「国際収支統計」(財務省・日本銀行)をもとに作成

 この第1の理由は、輸入金額を集計する際の価格の違いにあります。財務省の国際収支統計ホームページの「類似統計との相違点」には、以下のように書かれています。

貿易統計として公表される輸入金額は、我が国通関地点における貨物価格(CIF:Cost, Insurance and Freight、貨物代金に加えて、仕向地までの運賃・保険料が含まれた価格)を集計したものです。他方、国際収支統計においては、物の取引と、サービスの取引とは区別して計上することを原則としているため、貿易収支には、輸出国における船積み価格(FOB:Free On Board、本船渡し価格)を計上し、運賃・保険料等の諸経費については、サービス収支に計上しています。

国際収支統計ホームページより

 つまり、貿易統計の輸入額には、貨物代金だけでなくそれを輸出国から運ぶ運賃などが含まれているのに対し、国際収支統計の輸入額では貨物代金が計上され、運賃などはサービス収支の支払に計上されているわけです。一貫して少ない金額になるのも不思議ないですね。

輸出額にも違いがある:鍵を握る「所有権の移転」

 一方、上記の緑色の棒グラフを見ると、月々の変動がそこそこありますよね。また、輸出金額は貿易統計、国際収支統計ともにFOBを計上しているのに、貿易統計の方が金額が大きい時(緑色の棒グラフが上向き)、国際収支統計の方が金額が大きい時(棒グラフが下向き)があります。不思議ですね?

 この理由は輸出入をカウントする考え方の違いにあります。貿易統計は、「通関統計」とも呼ばれるように、税関を通過したものを輸出入としてカウントしています。貿易統計のホームページでも「関税法の規定に基づき、日本から外国への輸出及び外国から日本への輸入について、税関に提出された輸出入の申告を集計」していると書かれています。
 一方、国際収支統計では所有権が移転しているかどうかに注目します。例えば、あるモノ(財)を海外に送ると、貿易統計上は輸出とカウントされます。しかし、修理のために海外に送られたモノだったり、海外で組み立てるために送られた部品だとしたらどうでしょう。これらのモノの所有権が国内にいる元々の所有者にとどまっただとしたら、国際収支統計では輸出とみなさないのです。

2014年1月からの見直しで「所有権の移転」が徹底

 こうした「所有権の移転」で輸出入を計上することを徹底したのが、2014年1月から公表が始まった現行の国際収支統計です。上記に書いた財貨の加工や修理は、見直し前は「所有権移転原則の例外」として、輸出入とカウントしていました。現行統計では、輸出入とカウントせず、修理や加工のために支払ったコストをサービス収支の支払として計上するようになりました。
 このほか、従来はサービス収支として扱っていた仲介貿易を貿易収支として扱うようにしています。こうしたことで、貿易統計の輸出入金額と国際収支統計の輸出入金額の動きに微妙な違いが出るようになっています。

 ただ、おおまかにみれば、貿易統計でみても国際収支統計でみても、2022年10月をボトムに貿易収支赤字が減少傾向にあるという意味で方向は一致しています。この動きが継続するのか、まずは明後日に公表される4月の貿易統計に注目したいと思います。

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