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役職定年制度廃止の傾向で考える

先週、何気なくテレビを見ていたら役職定年制度を廃止する企業の話題を放送していました。

当該企業の人事担当者が

「ベテランの社員がポストを失ったり収入が減少したりするため、モチベーションの低下につながっているケースもあると考え、制度の廃止を決めました。」

と語っていましたが、随分勝手な言い分だなと受け取ってしまいました。

企業によって役職定年制度を導入した時期に違いはあるものの、最初の事例から30年以上続いたこの制度によって、どれだけの人材のやる気を奪ったのかを考えるとぞっとします。

「33年間、滅私奉公で働いてきた結果がこれだよ」

有名大学を出て、大手上場企業に勤めていた友人が数年前につぶやいたセリフと、その時の彼の悲しげな表情が忘れられません。

役職定年制度がない中小企業で働いていた私にはにわかに実感がわかなかったものの、「でも55歳になったらそうなるっていうことは、何年も前からわかっていたことじゃないか。準備を怠っていた君にも責任があるはずだ。」と、他人事としてしかとらえることはできませんでした。

先述の人事担当者の弁は、いかにもとってつけたような言い分で、役職定年という、いわば「合法的な降格制度」によってどれだけ社員が傷つくかを、今更知ったというのはそのまま受け入れることはできません。

制度廃止の本音としてはふたつのことが考えられるのではないでしょうか。

ひとつには、急速に人口減少が進行し働き手が減っているため、重要なポストを担えるだけの次世代が育っていないということ。

そしてふたつめに、今廃止しておかないと、これから役職定年の年齢にさしかかる団塊ジュニア世代という人口ボリュームゾーンが、こぞってやる気を失うと企業の活力全体に多大な影響が出てしまうということ。

少し古い情報ですが、昨年12月20日のダイヤモンドオンラインにこんな記事が出ていました(抜粋引用します)。

【10年後にはシニア社員だらけ…】「老化する日本企業」のヤバすぎる実態 | 「いい会社」はどこにある? | ダイヤモンド・オンライン (diamond.jp)

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たとえばNTT西日本では、新卒社員の最初の昇格である「一般2級」→「1級」への昇格試験で、最速でも「30歳の10月から」と、はやくも年齢による縛りがかけられ、どうあがいても20代のうちはずっとヒラのままである。

 NTTの地方支店は、出世競争から降りた「やる気のない50代」に満ち溢れ、「加齢臭が本当にすごい」(元社員)。ここに、新卒社員が配属となる。そこは、「50代以上が中心で『40代はまだ若手』という扱い」(若手社員)。

その世界に20代が入ると、どうなるか。

「おっちゃんに仕事してもらうために、若手はかなり気を遣います。

『あの人が言うからやる』という世界なので、営業だと、おっちゃんに客のところに行ってもらうために、普段から声を掛けて飲み会に誘って仲良くしたり。

社内で、どうやってやる気のないおっちゃんたちを回していくか、に注力せざるをえない環境なので、社外で通用するスキルは身につきにくいです」(同)

このおっちゃんたちが、約2倍の年収なのだからやってられないのだ、という。

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 笑っちゃいますよね。

役職定年制度を廃止しても、それに付随する周辺の諸制度、昇進昇格と評価システムそのものを変えない限り、問題の本質は変わりません。

問題の本質とは「仕事を通じて幸福を創造すること」、そしてその第一歩として「メンバーシップ制雇用を根底から見直すこと」だと思います。

若手の登用を促すために役職定年制度を作って、ベテランに早めに実質引退してもらおうとスタートして30年、その恩恵をうけて順調に今の役職に就いたその時の若手たちが、自分たちの役職定年を目の前にして制度が廃止になり自分たちの役職は維持される。

人生の重要なことはすべて他人が決めている、といいますが、会社勤めの間は振り回され続けますね。

でも、いつかは卒業する日が来ます。

人生はその先も長く続いていきます。

わたしは役職定年制度がどうなろうとも「50代は第二の人生のための準備期間」だと考えています。

「LIFESHIFT」の書いてあった言葉を思い出します。

『あなたが自らの未来のために描くシナリオは、あなた自身のニーズや希望や願望を軸に描かれるべきだ。』

50代は、自らの願望をもとに未来の人生のための準備と助走の時です。


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