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それも、おなじ話


私が好きなハンバートハンバートというアーティストの曲に、「おなじ話」という曲がある。

ある恋人達の始まりから終わりまでを、会話の様なやりとりが行き来する。

息子が生まれてしばらくしたある日、ふとラジオから聞こえてきたこの曲に心を奪われた。

最初はただ恋の唄としての歌詞を楽しんでいた。
流れる日常を切り取ったような、
甘酸っぱくもほろ苦く、切ない懐かしい景色が見えた。

そのときの私の毎日は、子育てで埋め尽くされていた。

来る日も来る日も、同じ毎日の繰り返し。
いや、同じ毎日である訳はないのだけれど。

それでも話せる大人といえば夫くらいで、
彼が不在の一日の大半は私と子供たちだけ

乳幼児を抱えた母親が遭遇するであろう時間を、どっぷり生きていた。

お母さん、どこ?
お母さん、何してるの?
お母さん、こっちに来て
お母さん、お話して
お母さん、お母さん、お母さん…

それは幸せなことのはずなのに
幸せな時間なはずなのに

どこにいても、何をしていても、呼ばれる、中断するの繰り返し

ずっと子供と一緒

ひとりになれる少しの時間さえ持つことが難しい

日々の大変さに追われて、一見同じことが無限に続くような錯覚と無力感が息苦しくて

私はそんな毎日で溺れそうになっていた。

そんな時だったのだ。

どこにいるの?
窓のそばにいるよ
何をしてるの?
何にもしてないよ
そばにおいでよ
今行くから待って
話をしよう
いいよ、まず君から

どこにいるの?
君のそばにいるよ
何を見てるの?
君のこと見てるよ
どこへ行くの?
どこへも行かないよ
・・・・・・ ずっとそばにいるよ

それから 僕も君を見つめ
それから いつもおなじ話

どこにいるの?
となりの部屋にいるよ
何をしてるの?
手紙を書いてるの
そばにおいでよ
でももう行かなくちゃ
話をしよう ・・・・・・・

それから 君は僕を見つめ
それから 泣きながらわらった

それから 君は僕を見つめ
それから 泣きながらわらった

さようなら ゆうべ夢を見たよ
さようなら いつもおなじ話

ハンバートハンバート/おなじ話
作詞・作曲 佐藤良成

ドキッとした。


まるで子供や夫と自分のやりとりだ。

これは、私たちだ。

私たちが子供たちから毎日浴びている言葉たち。
私たちが返している言葉たち。

ああ、今はこんなにぴったりくっついて
息苦しいほどの愛情をぶつけてくる子供たち。

ずっと続くと思っていても
そんな時間は永遠ではないのだ。

その隣に居られなくなる日が
いつかは必ずやってくるのだ。

私にも。
誰にでも。

そんなことはわかっていたはずなのに

その時になって、ようやく理解したのだ。

そして

涙が止まらなくなった。


今この時間を大切にしよう

心から、そう思った。


あれから10年ほど経った今、2人の子供たちは思春期を迎えようとしている。

あの問いかけはいつからか、私たち親から子供たちへのものになった。

彼らも親からの問いかけに返事もままならないこともあるくらい、忙しい日々を送るようになってきている。

そのうち彼らは大人になり、やがて巣立っていくのだろう。

そう、いつまでも隣に居ることはできないのだ。

無限に続くと思っていた、あの時間は本当に一瞬の煌めきだったのだと改めて思い返す。

その時には、そんなこと信じられなかったけれど。

だって、今はこんなにも毎日があっという間に過ぎていくから。


娘は去年、私の背を越した。
息子に越される日も、そう遠くはない。




浜文子さんの著書に「育毋書」という本がある。


「おなじ話」を聞いていたころ、やはり子育ての合間に愛読していた本だ。


浜さんはその本の中で

「一度だけもう一度誰かに会えるとしたらしたら誰に会いたいかと聞かれたら、5歳と2歳だった時の息子と娘に会いたいと答える」

と書かれていた。


その一文が強烈に頭に焼き付いて離れなかった。

いまなら痛いほどわかる。
あのころの彼らに会えることは、もう二度とないのだと。


子育ては周りが思うよりもずっと、過酷なことも多い。


永遠に続くような連日の夜泣き

すぐにどこかに行ってしまうから目も離せず、気が抜けない

こちらもビックリするような癇癪に
突然起きるトラブルやイタズラ
大人の想像を軽く超えてくる行動に

大人気なくイライラしたり、怒鳴ってしまった自分を責めた日も数えきれない。

そのくらい2つの小さな命を守るために
神経も張り詰めてヘトヘトだった。

夫婦としても、親としてもまだまだ未熟な私たちはたくさん悩み、話し合い、時にはぶつかり…

そんな時間をたくさん過ごした。


でも

まっすぐに私に笑いかけてくれる
全力で絶対の愛情を示してくれる
子供たちの笑顔と温かさが私たちを支えてくれた。


ただただ2人が可愛い

それだけで、頑張れた。



お母さんて、何度も呼んでくれてありがとう。
大好きって、いつも言ってくれるあなたたちのおかげで、お母さんはお母さんをやっていられるよ。


もちろん、お父さんも。


いつか、あなたたちは私たち親の元を巣立つだろう。
問いかけたくても、もう傍には居られなくなるのだろう。


だからどうかその日までもう少しだけ、隣にいさせてほしい。


そう思いながら、横でゴロゴロしている息子を見た。
娘は部屋で、ひとときの自分の時間を過ごしている。


今日も私は幸せだ。

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