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谷川温泉 男二人旅③<終>【至高のぬる湯宿 セルバン】

<前回はこちら>

私 「ここから先、見えないはずの鉄条網が見えるんですよね。『セレブ以外お断り』ってね。ここ(湯テルメ谷川・日帰り温泉)までは何度も来たのですが。宿泊なんて挑むまでもないと」
K 「旅館たにがわ、金盛館せゝらぎ、水上山荘、仙寿庵。我々とは無縁ですからね。私も谷川温泉宿泊は初めてです」
私 「セルバンか。フランス語かな、マッターホルンでしたっけ?この宿全然知らなかったです」
K 「小暮先生(※群馬温泉界のレジェンド)も絶賛しているので、湯は間違いないでしょう」

 岳麓から見上げる浅葱色の空に、峩々たる谷川岳が浮かんでいた。暖冬の影響か、期待していた雪化粧は僅かに山巓にかかるほどだった。

 近年の私の旅は素泊りが基本、一泊2~4千円台の湯治宿での自炊生活。
かつて温泉沼にハマりし頃は北関東を東奔西走、その中でどうしても手が出なかったのが谷川温泉であり、かれこれ10年近く憧憬の地。群馬の温泉に関しては玄人跣のKさん、比較的安価だと薦めたのがセルバンだった。

谷川岳 紅葉・冠雪の頃は絶景だろう

私 「ペンションですからね、登山客の山小屋みたいな僻見があって、湯が蔑ろにされているんじゃないかと邪推していて」
K 「ここはかけ流しです。この温泉地で1万円台前半はこちらしかありませんから」
私 「我々にしては奮発しましたな。上げ膳据え膳なんて久々ですよ」

 高級旅館街を抜けた最奥、陵丘の上に立つ宿屋の屋根からは煙突が伸び、白煙が上がっていた。つい先ほどまで逍遥していた水上の廃墟群とは打って変わり、随分と洒落た造りだった。

 愛想の良い女将さんの先導を受け館内へ。薪ストーブとロッキンチェアのリビング、部屋は二間で和室の奥にベッドルームだった。一息つく間もなく、踏鞴を踏むように浴室へと向かう。

K 「今日私たちしかいないようです。貸し切りですよ」
私 「他の宿は駐車場いっぱいでしたが、、さて行きましょう」

館内リビング

 内湯は41度ほど、箱型の御影石浴槽に無色透明の湯。アルカリ性だがさっぱりとした感触を捉えた。軽く汗が流れたところで山に面した露天へ。遮蔽のない開放的な景観も、2本の源泉をブレンドした湯遣いもまた見事なものだった。

私 「うおっ!ジャストフィットです。これ37度くらいですよ」
K 「あああ、効きますね。これは出れない」
私 「脳汁が、、これがエンドルフィンといふものか…」
K 「奥谷川源泉(33度)と不動の湯(54度)の混合泉、完璧に仕上がってます」

 1時間後

私 「全然疲れが来ないです」
K 「単純泉、いつまでも入っていられますね」
私 「県北は単純泉か硫酸塩泉が多いでしょうか」
K 「群馬は断層が東西に走っていて、法師、川古、四万でも日向見地区がグルーピングされます。山口エリアは温泉脈が違うんですよね」
私 「四万温泉でも変わるのですね。私は御夢想(日向見地区の共同浴場)が一番馴染みます」
K 「私もです。メメメメ館はちょっとピリピリします」

 2時間後

K 「あれっ、そろそろ飯ですよ」
私 「今日は洋食でしたな。上がりましょ」

露天風呂 灌木の奥に山が見えます

K 「旨かったですね」
私 「ヒレステーキにありつけるとは存外でした」
K 「米も野菜も秀逸、谷川山系の天然水の所産でしょう」

 湯もさることながら、和洋室二間の清潔な部屋、さほど期待をしていなかった食事にも感服。あまりにも隙のないセルバン、ボロ宿・粗食に馴染んだ私は却って梯子を外されたようで、自分の歪んだ思考を嘲笑するのであった。

 「風呂へ戻りますか」

 道中、湯檜曽のヤマザキショップで酒を買い込んでいたKさん。部屋でしっぽりと温泉談義とはいかず、睡眠時間以外のほとんどを露天風呂で過ごす。翌朝も尚、東雲に目を覚ましては風呂に入り、慣れない洋朝食を喰らい、チェックアウトギリギリまで源泉に浮いた。

私 「何だか、まったりとした普通の温泉旅行になってしまいましたね」
K 「紅葉に雪景色、緑陰を楽しむのも乙ですな。ここはオールシーズン来てもよさそうです」
私 「谷川に泊まる日が来るとは夢にも思いませんでした。探せば見つかるものですね」

夕食
メインはヒレステーキ

 「底冷えのする厳寒の候、激熱の湯で腹蔵までをも滾らせたくなる日もあれば、酷暑の折、脳天をかち割るが如く冷鉱泉に飛び込みたくなることもあります。同様に、ふと不感温度(36~37度)に数時間と泥のように沈みたくなる時も。

 どうも、酷く疲れている時にそれを欲するようです。
武装に武装を重ね、生活の中で目まぐるしく入れ替わるペルソナ。職場での顔、友人の前での顔、時には旅をしている自分でさえも、もはや虚像との区別すらつかなくなります。ふと一人の病人に戻ると、どっと痛みと疲れが出ます。

 そんな折、羊水に抱かれるように不感温度に浮かぶと、仮面はいつしか溶け落ち、煩悩から解放され、脳が髄液を垂らすのです。一度見てしまったお花畑、いやこれは、見ない方がよかったのかと思われるほどに・・・時折激しい禁断症状・反跳作用が私を襲います」


K 「また秋口にでも。尾瀬戸倉にも良き宿があります」
私 「あの辺りはぷらり館しか入ったことありませぬ。スキー合宿のイメージがありましてね。湯が粗悪ではないかと敬遠していました」
K 「2食付で7,000円です。食事も湯も秀逸ですよ」
私 「まだまだありますね。またボロい中華屋で集合ですかね」
K 「ですね。それじゃ、お身体お気をつけて」

おしまい

セルバン 外観
和室の奥にベッドルームが
内湯 2本の混合泉
洋朝食
朝の散歩
良き宿でした

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