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難病営業マンの温泉治療⑬【後生掛温泉へ】

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 秋田県鹿角市と岩手県八幡平市を繋ぐ県道アスピーテライン。
美しき山景を眺めながら盛岡方面へと抜ける。標高1,000m、湯煙がモクモクと上がるその岳麓に一件宿が見えてきた。

 八幡平山巓の西側、ここにも忘れ難き一湯がある。
3度目の訪湯となる「後生掛温泉」。その効能の高さから「馬で来て 足駄で帰る後生掛」と謳われるほど。

 もともと地名の由来は、三角関係に悩んだ女性二人が、後生(来世)を掛けて祈りながら湯沼に投身したことからと伝えられる。源泉名をオナメ(妾)の湯、モトメ(本妻)の湯と呼ぶのはこの伝説から。

 
 遠巻きから見ると宿構は高級旅館と見紛うほど。だがその奥、谷間へと降りる様に浴場方面へ近付くと次第に湯治場色が強くなる。渡り廊下で繋がる「本館」「新館」「湯治棟」。前者2つは大手旅行会社のプランやJRのパックなどにも度々紹介され人気のようだ。

 
 ここでも投宿するのは自炊湯治棟。こちらはインターネットでは予約対応していない。不用意な予約やキャンセルを防ぐためだろう。数日前に旅館に直接電話し3泊で枕を借りた。
 
 湯治部は社員寮の様な造りとなっており「白樺寮」と「すずらん寮」に分かれ、炊事場やトイレは共用だ。ちなみに冷蔵庫はない、真夏でも高所のため日の当たらない所に置けば生野菜類も傷まないそうだ。

 
 活火山帯にあるこの地は、地熱により宿舎が暖められ通年暖房要らず。
真冬でもTシャツで過ごせるほど。朝鮮半島の伝統的な暖房法で、地熱を利用した床暖房の一種「オンドル浴」と呼ばれるものだ。
 
 現在は疫病の流行から宿泊不可となっているが、大部屋にゴザを敷き集団生活をする風習は今も健在。その値段一泊2,500円。不眠症を持つ人間にとってはなかなかハードルが高いが、完治した暁にはいつか体験してみたい。

 
 日帰りではこの浴法は体感することは出来ず、宿泊することでしか味わうことができない。天然の暖房により寝ているだけでも身体の冷えを取り除き、免疫力の向上を始めとする健康効果が様々認められているという。

 
 今回は「すずらん寮」の1階の部屋にお邪魔することに。2階になると当然だが地熱は収まるため、より高い効果を期待しこちらを選択。意外にもこの寮には私の他は1組、女性2人組しかいなかった。

 受付で鍵を渡され寮の入口を潜る。開けた瞬間「もわっ」と熱気に包まれる。想像以上暑さ。南国の空港に降り立ったかのようだ。「こんな熱くて眠れるかな、、」一瞬不安が過る。

 女性2人の隣室のドアは開けっぱなしにしていた。ちょうど洗面台に姿が見えたので声をかけた。


私  「本日からお世話になります。4日間よろしくお願いいたします」
女性 「あなた若いのに何処が悪いの?私は年に2回ここで湯治をするの」

 湯治場では結構ストレートにこんなことを言われる。だがこのやり取りで親近感が湧いたりもする。

私  「こんな暑くて夜眠れますかね?」
女性 「夜は氷点下近くなるから、窓を開けておけば大丈夫」

 
 ここ数日間はアスピーテラインが通行止めになるほどの大雪だった。5月中旬とは言え、山深きこの地は積雪があり路肩は雪の回廊状態だった。
 不安が残るものの、とりあえずこの部屋で1泊することに。熱くて眠れなければ2階に引っ越そうかと思慮。 

 
 女性とはこの会話がきっかけで、すぐに打ち解けることができた。レトルト食品ばかり食べている私を見かねたのか、キュウリやトマト等をお裾分けしてもらう(包丁を持ってないので塩を振って丸かぶりした)。最後まで親切にしていただいた。


 暫しの休息後、お目当ての浴場へイン。大露天があるわけでもなく、一つ一つの浴槽は大きくはないが、そこはまさに温泉のデパート。

 打たせ湯、泥風呂、神経痛の湯、火山風呂など7種。これら全てがかけ流しだ(高温のため加水あり)。首都圏ではなかなか見ることがない、一軒複数源泉所有が東北にはゴロゴロとしている。来るたびに畏敬の念は強まるばかりだ。

 中でも異彩を放つのがこちらの名物風呂「ハコ蒸し風呂」。

 観音開きの木枠を開け、中の椅子に腰かけて板を閉じる。首から上だけをひょこっと箱から出す。何とも間抜けな恰好だ。
 だが、これが効く。70度を超える蒸気が全身を包み、あっという間に汗が噴き出す。サウナは割と得意だがこれは3分と耐えられない。とにかく座っている尻の部分が焼ける様に熱いのだ。

 たまらず洗い場で水を被る。だがこれがただの水道水ではない。雪解けの毛せん峠から湧いた天然水だ。凍る寸前のごたる冷水は肌感10度台前半。
 消毒液が混交していない清廉な水は、見事に全身を捉えた。この交互温冷を3回、副交感神経優位にアジャストした。
 
 肌が閉まり、大量の汗で毒素が抜ける。湯上り後には見違えるほど身体は軽くなった。

「こ、これは、、効くっ」

期待の高まるファーストダイブだった。

                              
                           令和3年5月13日

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