見出し画像

本当は怖い「サザエさん」

今回のテーマ: ニューヨークの子供
by らうす・こんぶ


ニューヨーク(のみならず、おそらくアメリカのどこでも)では、12歳以下の子供の登下校には保護者が付き添わなければならない。また、12歳以下の子供を一人で留守番させることは虐待と見なされる可能性がある。厳密には、ゴミを出しに行くほんの数分間、子供を家の中に一人にしておいてもいけない。

両親のどちらかが専業主婦(主夫)、または在宅勤務、もしくはベビーシッターを雇えるだけの経済的ゆとりがあればいいが、両親共稼ぎだと大変だ。朝は父親が学校に送って行き、帰りは母親が迎えに行く、というように時間のやりくりをしている家庭が多い。家に二人以上の大人(祖父母や高校生以上の兄弟など)がいればまだいいが、シングルペアレントは一体どうしているのだろう。

私の友人のシングルマザーは二人の男の子を養子に迎えると、親や姉妹が住むニュージャージーに引っ越して行った。親族のサポートを得ながら子育てをするためだ。子供が二人以上いると学校の送り迎えの時間も違うので、家と学校間の一往復では済まない。在宅勤務でさえ、子供の送り迎えの負担はかなり大きい。アメリカで子供を育てるのは本当に大変だ。

ニューヨークに住み始めて数年たち、そんな事情もわかるようになったころ、一時帰国してテレビで「サザエさん」を見てギョッとした。タラちゃんとイクラちゃんが二人だけで近所を探検しているではないか。お隣の伊佐坂先生の家に行ったり、裏のおじいちゃんに会いに行ったりするだけだとはいえ、まだ三輪車に乗っているような子供と、「ハーイ」と「バブー」しか言えないような幼児を二人だけで外に出したりしたら、アメリカでは親は児童虐待で訴えられるだろう。

サザエさんの家では子供達だけで留守番していることも多い。そこにお客さんが訪ねて来て、鍵がかかっていない玄関の引き戸をガラガラと開けて「ごめんください」と入って来ると、わかめちゃんが「はーい」と出てきて、「今、お父さんもお母さんも留守なんです」なんて答えたりする。すっかりニューヨークの生活感覚が身についてしまっていた私は、「ダメだよ。今、家に大人が誰もいないなんて言っちゃ」と気が気ではなくなり、おちおちテレビを見ながら食事なんてしていられなくなる。

ニューヨークで生活するようになる前は、昭和の子供だった私には違和感がなかった「サザエさん」だが、平成や令和時代しか知らない世代にはこのアニメはどう映るのだろう。いわんや、ニューヨーカーをや。私は一時帰国してサザエさんを見る度、これをニューヨーカーに見せてどんな反応を示すか見てみたいものだと思った。

ちなみに、このエッセイを書くにあたってサザエさんをネット検索してみたら、放送は1969年にスタートし2019年で終了していたことがわかった。カツオが履いているような半ズボンはすっかりハーフパンツに駆逐されてしまったし、わかめちゃんカットの少女も全く見かけなくなった。昭和を知らない世代にとってサザエさんはもはや”時代劇”だろう。なんだか自分が生きてきた時代があっちに追いやられたような、一抹の寂しさを感じる。

そうそう、テーマは「サザエさん」ではなく「ニューヨークの子供」だった。ニューヨークでは、毎日の登下校に親に付き添われる子供たちとその子供を送り迎えする親たちの、ギチギチのスケジュールの中で生活する様子に、見ているこっちが窮屈さを感じた。

慣れてしまえばなんともないのだろうが、私が子供だったらニューヨークよりサザエさんの近所に住みたいし、子供を持つ親だったら、やっぱり毎日子供の送り迎えなんかしなくていい所に住みたいと思うだろう。私が長い間ニューヨークに住んでいられたのは、私が子供でも親でもなく、自分の面倒だけ見ていればいい独身だったからかもしれない。




らうす・こんぶ/仕事は日本語を教えたり、日本語で書いたりすること。21年間のニューヨーク生活に終止符を打ち、東京在住。やっぱり日本語で話したり、書いたり、読んだり、考えたりするのがいちばん気持ちいいので、これからはもっと日本語と深く関わっていきたい。

らうす・こんぶのnote:

昼間でも聴ける深夜放送"KombuRadio"
「ことば」、「農業」、「これからの生き方」をテーマとしたカジュアルに考えを交換し合うためのプラットフォームです。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?