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消防士とポンデリング

今日もまたロープに吊られてふりこのように揺れてしまった。

消防士のときを思い返すと1番しんどかったのは採用されてから半年の初任科訓練だった。
平日泊まりで消防学校に缶詰にされる。そこで人を助けるための座学や訓練を行うのだ。
僕たちはそれを『監獄』と呼んでいた。
実際のところ、週末は帰れるのだが、日曜の夕方には寮にいないといけないので心も体も休まらない。
休日を挟むことで、もうこのまま飛んでしまおうという考えすら浮かぶ始末だった。

消防学校にはどうやら法律と限度というものがないらしい。
気絶するまで走ったり、嘔吐するまで訓練塔を登ったりといろんな種類の拷問で苦しめてくれた。
ただ、実際現場に出る時にあのきつい訓練があって良かったと思うことが良くあったので必要だったのかもしれない。

学校施設として座学を行う教室、訓練を行う屋内訓練場、屋外訓練場などがある。
そのなかでも特に記憶にあるのが訓練塔である。
地上8階くらいの塔が新郎新婦のように向かい合って建っている。
5、6階くらいにロープを貼ってそれを渡るという訓練をするものだ。
大体20メートルくらいの距離がありそれを往復何本も行っていた。
細いロープを2本束にしてその上を渡る。これがプロになると水を得た魚のようにスイスイ進んでいく。
ただこの前まで高校生や大学生だった人間たちはせいぜい芋虫がいいところだ。

これの怖いところが自分で作った命綱一本で渡るということだ。
いや、それなりのロープ結索の訓練はするがそれでもまだ怖い。
だって「トイレの電気消した?」って大人になっても言われるような自分だ信じれるわけがない。
ひとつ下の階に落下防止ネットがあるといえど怖かった。

本当に何往復もするのでキツすぎて吐きそうになるし、手は乳酸が溜まってパンパンになる。
実際に落ちたこともある。ただバランスを崩して落ちるならまだしも、疲れて落ちると最悪だ。
復帰する体力もない。握力もない。気力もない。
ただNHKで見たことあるようなふりこの実験映像のようにブラブラしてるだけの始末。
また命綱も細いので自分の腹あたりに食い込んでかなり痛い。
現代の合法的な拷問だろと思いながら天井の真っ青な空を見ていた。

そんな訓練も終わり夜、寮でかなり盛り上がっていた。
なにがあったのかと尋ねるとある1人の訓練生の局部にポンデリングがついているとのこと。
そんなポンデリングは局部につかないし、ついてたとしてもかなりセンスのないボケだなと思った。

その訓練生の周りを囲むように人が集まっていたので近づく。下半身を露出した訓練生。下の方に目をやるとなんと本当にポンデリングがあった。
いや正確には局部がポンデリング並みに腫れていたのだ。

見た目はかなりグロテスクで痛々しかった。
聞くとこによるとロープを渡る訓練で局部が擦れるのでそれが続きポンデに至ったらしい。
たしかに、ぼくもお腹や鼠蹊部あたりがロープで擦れてあざになっていた。
その訓練生は真面目にロープを体の真ん中に添わしていたらしい。
後日病院にいき、「カントンホウケイの手術になった」と言っていた。何やらそういう症状があるらしい。
一時歩くのもままならい状況のため訓練はお休みしていた。

次の日、またも僕は天井の青空をふりこになって眺めていた。
いっそのことポンデになれば、ふりこにならなくて済むのかとぼんやり考えていた。

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