夜道で調子に乗り、大声で唄い踊るふざけた連中を華麗に追っ払った武勇伝。『デタラメだもの』

3ヶ月に1度くらいは、なぜに自分は強面(こわもて)に生まれなかったのだろうと、その宿命を恨む機会がある。周りが怯むほどの強面に生まれてくれば、今よりも随分と楽に生きられただろうと。

梅雨の時期にもなると、自転車でスイスイと移動できない日もあり、あの日も梅雨らしい雨の日だった。たまには電車で帰宅するのもいいかフフフン、なんて鼻歌を唄いながら電車を下り、地下鉄の階段を地上へと上る。

ん? なんか歌声らしきものが聴こえる。それも小声で控えめなそれではなく、けっこう大声で唄う声。酔っぱらいか? 酔っぱらいにしちゃえらい美声やな。なになに?

階段にて僕の前を上る3人組。ふたりが男子でひとりが女子。3人とも会社員なのだろう。身なりがそう語っている。両サイドに男子。挟まれるようにして女子。そのうちの左の男子が、大げさな身振り手振りをしながら、大声で歌を唄ってやがる。

年齢的にはきっと20代の中盤といったところ。左の男が大胆に唄うもんだから、右の男は腹を抱えて笑い、挟まれた女子はケラケラと笑う。終電少し手前の時間とはいえ、階段には大勢の帰宅者がいる。にも関わらず、大げさな身振り手振りの左。腹を抱える右。ケラケラの真ん中。その背後につけた僕。

地上に出る。幸いの小雨。傘を差すほどでもないや。ラッキー。そう思い歩きはじめると、不運なことにそいつらも僕の帰路と同じ方面を歩きやがる。要するに、階段を上りきり地上に出たあとも、僕の目の前には3人組。背後に僕。というフォーメーションが継続したわけだ。

地上に出ると、左の男の歌声はさらに大きくなり、身振り手振りも激しくなってきた。彼が唄う歌は、いずれもが男性アイドルの有名曲だったり、各フレーズの語尾などをフワフワッと揺らせて唄うような、背後に大勢のバックダンサーを従え、フロントの1名もしくは2名が唄い込むようなスタイルのグループが唄う類の曲を披露してやがる。

駅から家までは、しっぽりとした民家が続く。大胆なパフォーマンスを続ける自分自身に酔ってきたのか、民家に入ってからも尚、左の男はさらに大げさに振る舞いやがる。

ちなみに、左の男も右の男も、俗に言うスーツのベストを羽織っており、それがまた、ちょっとテカテカした素材のベストで、いかにも調子に乗るタイプという風体を絵に描いたような奴らだったことをここに報告しておきたい。

で、左の男の大声に対し真ん中の女は、「ちょっと、やめときなって。恥ずかしいやん」みたいな感じで、左の男を制止する。が、2点気になった。1点目は、左と真ん中がどういう関係なのかは露知らないが、左の男にボディタッチしながら制止していたということ。

ディープな男女関係もないのに気安くボディタッチする女性を僕はあんまり信用していないもんだから、その女の安っぽい行為に「お前もそういうタイプか」と、心の中で吐き捨てた。

2点目は、左の男を制しているように見えてその実、「ほらほら、私ってこういう、生きてるだけで目立っちゃうような男ふたりに挟まれちゃう女なんだよね。ごめんなさいね、私の両サイドが迷惑かけちゃって。でも、歌、美味いでしょ? 歌が上手くてしかもイケメンな男ふたり。且つ、こうやって大衆の面前でも大胆なことして目立っちゃうタイプの男ふたりに挟まれてるんで、気になるようだったら見てあげてね。両サイドのイケメンも。そして、そのイケメンに挟まれている私のことも」

みたいな雰囲気を醸しながら制止してやがるもんだから、貴様の魂胆なんか丸見えじゃボケイ。浅ましい感情が表情に出とるんじゃボケイ。本気で迷惑行為を制止しようと思ってるんなら、そんなニヤニヤした顔で制止せんわなボケイ。

そう。両サイドの男ふたりは、実はイケメンだったのです。どのくらいイケメンかと言いますと、僕が2とすると、彼らは10。僕がスッポンだとすると、彼らは月。僕と彼らふたりが立ち並び、世の女性からの人気投票を受け付けるとするなら、僕にはたったの一票も投じてはもらえないだろうことが容易に想像でき得るほどのイケメン。

ただ、挟まれた女については、解せぬ。なぜなら、彼らがイケメンなのは認める。あっさりと認める。脊髄反射的に認める。しかし、真ん中の女は美女でも美人でも何でもない。彼らが10とすると、女は3。前述通り「私って、こうやってイケメンに挟まれちゃうタイプなのよね」みたいな自分語りをするには、到底相応しくない顔面の持ち主だったので、解せん。

やがて道中は、彼らと僕だけに。左の男の大胆なパフォーマンスを見て、右の男も感化されたのか、右もパフォーマンス。しかし、これまた右も歌がお上手。左のパフォーマンスに感化されているため、右の身振り手振りも大胆。歌声もどんどん大きくなる。真ん中の制止は続く。真ん中の自分語りも続く。

読者の皆さん。こういったケースで調子に乗った連中が次にどのような行動に出るかお分かりだろうか。そう。調子に乗った連中というものは、ターゲットを絞り、そのターゲットをおちょくるという行為に出るわけだ。皆まで言わなくてもわかるよね。わかるよね。そうよね。僕がその標的になったってことよね。

彼らのパフォーマンスが僕を意識しはじめたわけだ。唄ってクルクルと踊る合間に僕を見やる。その歌声も、背後を歩くアイツに届けと言わんばかりに意識したものに変わる。制止する真ん中の女も、わざわざ背後の僕を視線の隅に捉えながら、ニヤニヤして男を制止する。ボディタッチしながら。

そして、思った。僕は、思った。心の底から、思った。なぜ僕は、誰もが畏怖するほどの強面に生まれてこなかったのだろうかと。

僕の顔面がもし、誰もが畏怖するほどの強面だった場合、彼らは即座に、「あっ。この人には喧嘩で勝てそうにないや。調子に乗るの、よしておこう」と判断したはずだ。

しかし彼らは唄った。彼らは踊った。ボディタッチを続けた。ということはだ。僕の顔面に対し1ミリの畏怖の念も抱かず、且つ、喧嘩には余裕で勝てると判断されたということになる。

クソがッ。

ただ、僕にもプライドがある。ナメられっぱなしじゃ終われない。そして、民家が立ち並ぶ夜遅くの歩道にて、大声で唄い踊るという迷惑行為を野放しにするわけにはいかない。奴らを成敗せねば。

そう考えた僕はまず、でき得る範囲上限いっぱいまでの強面を作ってやろうと、眉間に皺を寄せた。これ以上はもう寄るスペースがないだろうというくらいまで、眉間に皺を寄せた。だって、強面の人って、怒ると眉間に皺が寄るじゃあないの。だからそれを真似て、眉間に皺を寄せてみたの。

効果なし。彼らのパフォーマンスはますます大胆になる。

あかん、あかん。歩き方を変えねば。そういや強面の人たちって、肩を揺らして威張り散らして歩いてるよな。ってことはそれを真似て歩けば、彼らだって怖気づくかもしれない。そう思いつき、肩を揺らして歩くも、彼らのパフォーマンスは激しくなる一方。なんなら、真ん中の女はもはや男たちを制止するのではなく、背後で肩を揺らしながら歩いている男、すなわち僕に対する陰口を叩きはじめてるんじゃないかとも思えた。「後ろにキモい奴いるんだけど」的な。

あかん、あかん。何の効果もない。なぜ自分は強面に生まれてこなかったのだろう。僕が強面だったら、こんな連中、一撃で仕留められるのに。でも待てよ。強面じゃないが故に、目的地に辿り着けない人たちが気軽に道を尋ねてくれたり、ビルの清掃のおばちゃんたちも気さくに挨拶してくれたりもする。悪者は退治できないが、善良な人たちからは好かれる。

これまでの人生で僕に道を尋ねてくれた人、お掃除のおばちゃん、強面じゃない僕のことを好いてくれる人たちのことを思い浮かべると、良き人生を歩ませてもらっていると感慨深くなり、涙が出はじめる始末。

しかし、いかんいかん。悪事は悪事。迷惑行為は成敗せねば。

そうだ。俺は物書きだ。ストーリーは書ける。物語で奴らを成敗してやろう。

僕が考えついたストーリーは、まず僕が後輩に電話をかける。電話に出た後輩に対し、奴らに聞き取れないほどの小声で、「事情は後で説明する。だから今は黙って電話をつながせてくれ」と言う。そして、ここから物語は跳ねる。

「おう。どないしてん後輩よ。今、帰ってるところやで。おう。ただな、前を歩いてるワケのわからん連中が大声で叫んで鬱陶しいねん。しばいてもうて、ええか? 調子乗っとるみたいやから、しばいてしもて、ええか? いや、先輩また捕まりますよって、しゃーないやんけ、調子乗ってるねんから、こいつら。もう、捕まるのも、ええ加減、慣れたわ」

と、大声で嘯けば、奴らは恐怖するだろう。畏怖するだろう。背後の男は実はヤバい男で、それに気づかず調子に乗ったがために、今からボコられる。しばかれる。小走りで逃げないとヤられる。そう感じ、肝を冷やすだろう。

素晴らしい作戦。これで悪を成敗できる。そう思い、後輩に電話するも、つながらない。パフォーマンスは激しくなる。電話はつながらない。焦る。肝心なときに電話がつながらない後輩に苛立つ。電話をかけることに集中し、少し早歩きになってしまっていたのか、3人組のすぐそばまで近づいてしまっている。周りからすれば、4人組に見えたかもしれないほどに接近してしまっている。あかん。後輩。はよ出ろ。

「いや、電話出ろや!」

苛立ちがピークに達し、大声で叫ぶ。僕たち4人組のうちの3人。男ふたりと自意識過剰な女ひとり。そう。もはや彼らに近づき過ぎて4人組になってしまっていた。メンバー3人は僕の発した大声を聞いて、精神的に危なっかしい人間だと察知したのか、唄うのをやめ、踊るのをやめ、ボディタッチをやめ、普通、そこは曲がらんだろう、というほど極端に狭い路地を曲がって行った。

強面ってのは、顔面だけのことを言うんじゃないんだぜベイビー。精神面での強面ってのを知ってるかい。俺がそれさ。精神の強面で、悪者を退治したぜ。と思ったのも束の間、きっと彼らの中じゃ今、僕への陰口がムーブメントを起こしているだろうことを想像し、悔しくて悔しくて、その夜はなかなか寝付けなかった

デタラメだもの。

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エッセイ『デタラメだもの』

デタラメに生きる。デタラメに暮らす。薄暗い世の中をデタラメに生きるための処世術、バイブル。妄想まみれで日常を綴るエッセイです。
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