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企業の生態学1.経営の外部環境

 原油価格が高騰し、しかも円安と相まってガソリン料金が高いため運搬コストの上昇が経営を圧迫する・・・、電気料金やガス料金などのエネルギーコストが急激に上昇して利益をくってしまう・・・、募集しても人が集まらず機会損失をおこしている・・・、原材料や購入部品が値上がりして原価を押し上げている・・・、郊外に大型ショッピングモールができて売上が急激に落ち込んだ・・・、商圏内人口は減少の一途で客数も減りつつある・・・などなど、企業外部にあるさまざまな要因によって経営は大きな影響を受けるものです。
 では、経営に影響を与える外部要因にはどのようなものがあるのでしょうか。外部要因には2つのカテゴリーがあります。1つは外部ミクロ環境で、もう1つは外部マクロ環境です。次図は企業を取り巻く外部環境の全体像を表しています。

経営外部環境の全体像

外部ミクロ環境

 企業は、仕入れ先から原材料や商品、労働市場から労働力、金融機関から資金など、さまざまな資源を調達する必要があります。これらを提供するプレイヤーが供給者です。つまり供給者は、仕入れ先や金融機関といった具体的企業だけではなく、労働市場といった抽象的な存在も含まれます。そして供給者からの供給が滞ってしまえば、企業活動は続けられなくなる危険性があります。
 補完者の存在は、ネイルバフとブランデンバーガーとによって提唱されました(B.J.ネイルバフ、A.M.ブランデンバーガー著、嶋津祐一・東田啓作〔訳〕『コーペティション経営』日本経済新聞社1997 邦訳書は残念ながら絶版のようです)。彼らは次のように定義しています。

自分以外のプレイヤーの製品を顧客が所有したときに、それを所有していない時よりも自分の製品の顧客にとっての価値が増加する場合、そのプレイヤーを補完的生産者と呼ぶ

出典:コーペティション経営

たとえば、コンピュータのハードウェアとソフトウェア、ホットドッグとケチャップ、テレビゲームとテレビ(モニター)は補完的な関係にあります。つまり、一方のみを所有するよりも、両者を所有した方が顧客にとっての価値が増加するというわけです。このように自社と補完者とはWin-Winの関係にあり、それは業種を超える場合もあるのです。
 ここでは所有とか生産者という言葉によりモノや製造業に限定されると誤解されるかもしれませんが、補完者の考え方はもっと広い概念です。たとえばCDを開発したときには、各社が共同して規格を定めました。もし各社がそれぞれ独自の規格でCDを開発し販売したなら、顧客は各社ごとに異なるCDプレーヤーを購入する必要があります。するとCDはそれほど普及しなかったことでしょう。実際には、共通の規格でCDが提供されたため、顧客は好きなCDプレーヤー1台でどのようなCDも再生できるという便益を手に入れることができ、CDは広く普及しました。すなわち規格を定める段階では、同業他社は補完者であったことになりますし、顧客が手に入れたのはモノではなく便益だということになります。
 競争者と自社とはWin-Loseの関係です。この関係には3つのタイプが考えられます。第1は「同業他社」(たとえ相手が大企業だったとしても)です。第2は、「業態やビジネスモデルが異なっていて同種の製品・商品・サービスを提供する他社」です。たとえばピッツェリア(ピザ専門の飲食店)にとってピザのデリバリー専門店は、このタイプの競争者になり得ます。やっかいなのは第3の「代替財提供者」です。代替(だいたい)財とは『同じニーズを満たす、異なる商品やサービス』のことです。たとえばコンタクトレンズはメガネの代替財です。かつてオフィスにPCやコピー機が普及しはじめた頃、小規模事業者が多かった印刷事業者の多くは、PCを競争相手と認識するのが遅れて業績を落としていきました。つまり印刷業者にとって、PCやコピー機は代替財だったのです。またテレビ局にとってインターネットは代替的関係です。これはひとりの人間の時間を奪い合うからです。このように代替財提供者は、ときとして一見無関係とも思える業種であったりするのが特徴です。この存在に気付くためには、顧客ニーズは何か、それをどのような商品やサービスで充足しているのか、を深く考察することが必要です。
 市場は、販売に着目した概念です。市場にいるプレイヤーは、顧客(Customer)、競争者(Competitor)、自社(Company)の3種類で、それぞれの頭文字をとって「市場の3C」といいます。たとえばポイントカードを発行して顧客を囲い込もうという作戦が思ったように機能しないのは、自社と顧客のみで考えているからです。その作戦を知った競争者がどのような手を打ってくるか、という視点が欠けているのです。

外部マクロ環境

 ミクロ環境が直接的あるいは間接的に自社と利害関係があったのに対して、外部マクロ環境は社会全体で起こっていることです。それゆえ自社がコントロールすることは不可能ですから、所与の条件として受け止めざるを得ません。具体的には上図の6項目から構成されますが、PEST:政治的環境(Political)、経済的環境(Economical)、社会的環境(Social)、技術的環境(Technological)という分類もあります。分類基準が異なるだけで、内容は同じです。
 人口統計学的変化:世界規模では人口が増大している、インドが中国を抜いて人口最大国になる、わが国は人口減少で少子高齢化が進んでいる、など人口統計についての変化です。消費財の需要量に関係してきますから、経営に大きな影響を与えます。
 政治法律的変化:規制の強化や緩和、税制の変化、最低賃金の引上げなどが挙げられます。最近では消費増税、インボイス制度の導入、電子帳簿保存法などにより、事務コストが増えるかたちで経営に影響を与えます。また、それまでは許容されていた事業でも、何らかの理由で社会問題化されると法律が整備され、事業方法に変更を迫られたり廃止せざるを得ないこともあります。近年「まつ毛エクステンション」で事故が多発したため、施術は美容師に限定されるようになったのはこの例です。
 経済的変化:景気動向、為替相場など経済に関する要素です。経済のグローバル化により、国内だけではなく海外にも目を向ける必要があります。コロナ禍以降、欧米のインフレを抑制するためFRBやECBは金利引上げ政策をとる反面、日銀は金融緩和策を継続しているため円安が進行しつつあります。そのため輸入資材の価格高騰をまねき、経営に大きな影響を与えています。
 技術的変化:かつて手計算でおこなっていた経理事務も、電卓に変わり、さらに経理ソフトへと変化していったことで、経理事務は飛躍的に省人化され、経営効率を向上させてきました。これはデジタル技術の発展によるものです。デジタル技術は通信技術を取り込み、インターネット通販というビジネスモデルやオンラインサービス(たとえば教育サービス)という巨大市場を生み出しました。さらに近年はAI技術も急速に発展しつつあります。重要なことは「これらを企業活動にどのように組み込むか」という視点をもつことです。
 ところでデジタル技術だけが技術ではありません。わが国はiPS細胞技術や高速鉄道技術など優れた技術があります。これらとデジタル技術との違いは何でしょうか。私見ですが、汎用性の違いではないかと思います。それゆえ、「高速鉄道技術をどのように自社の経営に組み込むか」を考える企業は限られるでしょうが、「AI技術をどのように自社の経営に組み込むか」を考えなければならない企業は多いことでしょう。
 社会的変化:社会的な現象のことです。人口減少および少子化により若者が減少しつつある、というのは上述した人口統計的変化です。これだけでも結婚式場はたいへんでしょう。これに加えて「結婚しても披露宴をしない」「結婚できない / しない」という社会的現象により、結婚式場を運営する企業は相当な苦戦を強いられます。
 他方、アフターコロナへの移行や円安を背景に、外国人観光客も回復しつつあります。しかしコロナ以前の、有名観光地を転々としたり、電器製品やカメラを爆買いするといった行動パターンは変化しています。これも社会的変化のひとつです。この変化をどのように認識するかによって、自社のビジネス機会にもなり得ます。
 自然環境的変化:いわゆる静脈系、たとえば産業廃棄物は許可された場所に埋めるなどの方策がとられていました。しかし今ではリユースやリサイクルに加え、リデュース(ゴミの量を減らすこと)が意識されています。各社が競って恵方巻を製造した結果、大量の廃棄物が発生したというニュースは記憶に新しいところです。そこで各社は予約販売を中心にするなど、経営の方向転換をせざるを得ないことになりました。また賞味期限が短くなった食品を安く仕入れ安価で販売するという企業が登場したのも、リデュース意識という自然環境的変化をうまくビジネス機会ととらえた結果です。
 そのほかにもグリーン発電(バイオマス発電など資源循環型発電)、二酸化炭素排出抑制、脱プラスチックなど、SDG’sの意識はますます高まっています。
 さらに地球温暖化現象により、作物の栽培に適した地域や海洋生物の生息に適した海域に変化が起こっています。これも自然環境的変化のひとつでしょう。

外部環境変化と適応行動

 円安が進行したとしても、多くの中小企業にとって直接的に影響を受けることはありません。重油代や電気料金の値上げや、多くの原材料の値上げなどを通じて円安の影響を受けることになります。つまり、マクロ環境変化によりミクロ環境が変化し、それが経営に影響を及ぼすのです。

 すると考えなければならないのは次の2点です。

  1.  マクロ環境変化からミクロ環境変化を経て、自社にどのような影響を受けるかのメカニズム

  2.  マクロ環境の今後の動向

 次図は、いくつかの代表的なマクロ環境変化が自社にどのような影響を及ぼすかについての簡単なメカニズムの例です。

 マクロ環境が今後どのように変化していくのかを考えるのは容易いことではありません。それでも調べていけば方向性は見えてくるものです。ここでは広い分野に多大な影響を与える原油価格について考えてみましょう。
 次表は、各国の石油消費量と原油産出量の統計です。

出典:外務省

 この表で着目すべきは、中国ではないでしょうか。(アメリカはシェールオイルにより、近年、産出量を伸ばしたという事情があります。) 中国は経済成長率が落ちてきているとはいえ、これからも経済発展することでしょう。すると消費量は今後も増加することが予測されます。
 消費量3位のインドは、2023年内に中国の人口を抜くとみられています。今後は急激に経済発展することが予測されますが、この表で見る限り消費量が脅威となるのはもう少し先のことだと思われます。
 つまり中国そしてインドなどの経済発展に伴い、原油の需要は増加していくことでしょう。しかし他方で、原油は限られた資源であるため、供給量を簡単に増やすわけにはいきません。したがって原油価格は、代替手段がない限り、中長期的には高止まりあるいは上昇傾向と考えるのが妥当でしょう。
 以上は原油価格について考察しましたが、小麦粉などの食料資源や、レアメタルなどの鉱物資源についても同様のロジックが成り立つことに注意してください。つまり、中小企業であっても、世界規模での資源争奪戦の影響を受ける時代なのです。
 マクロ環境変化はマイナスの側面はかりではありません。かつてインターネット普及期にいちはやくネット通販を開始して、大きく成長した中小企業もあります。マクロ環境変化は、顧客のニーズ変化を起こし、そこにビジネス機会が存在するのです。それゆえ中小企業であっても、これからどのような時代になっていくのかを考え、手を打っていかなければなりません。


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