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おじいさんネコのピーさんがもう少しで死ぬ。

 いつもの食べ物の選り好みだと思っていたら急激に何も食べられなくなって、病院に連れて行ったら腸の間にガンがあった。ゴハンにすぐ飽きてこれはちょっと……をやるのは普段からだったし、痩せてきたのは年を取ったからで、お腹がゆるめなのは子供の頃からだと思っていたから、気づかなかった。ピーさんはもう少しで死ぬ。

 先生は、もう手術はしようがないし、抗がん剤はかえって体の状態を悪くするから、ステロイド剤を与えて調子を保ちつつ寿命を待つ感じ、と言い、1日で急にぱんぱんになったお腹から腹水を抜く処置をした。腹水を抜いたら、コネコ氏より体重が軽くなった。腹水の重さは1kgくらいあった。

 何を食べさせても構わないのか尋ねたら、先生は食べられるようなら何でもいいと許可し、可能なら栄養補給に週2回くらい点滴に来るように言った。処置の後1日は食欲が戻ったみたいで割合食べたが、それからまた全然食べなくなり、わたしはピーさんにスポイトで流動食を注入してステロイドの錠剤を飲ませるために、朝晩格闘する。うん、気持ちは分かるよ、ゴハン無理やり流し込まれるのも薬飲まされるのも嫌だろうけど、まあ仕方ないよな、イヤイヤすんな。

 なるべく穏やかに気分よく最後を過ごせればいいと思うので、ピーさんの好きなブラッシングをする。喉を鳴らして体を緩める。ピーさんはブラッシングが好きなので、ほかのネコのブラッシングをしていると、よくやってきて割り込んだものだった。ブラッシングのおかげで、ピーさんは病中の老描としてはふわふわと毛並みがきれい。

 もっと長生きして欲しかったとか、早くガンに気付いて手術なり抗がん剤治療なりできればよかったとか、あまり後悔してない。ピーさんももう生まれて17年目に入るし、なかなか長生きの部類だと思う。それに、がんの治療ができるほど若いうちに発見していたら、闘病生活の方が長かっただろうと思うからだ。ピーさんの生涯は、なかなかいい生涯だったと思う。

 2002年に東京の某下町、当時住んでいたうちの近所の歩道上に落ちていたコネコがピーさんだ。ふにゃんとぽやんと無防備に落ちていた。箱にすら入っていなくて、通りかかる人がみな抱き上げてはまた下ろして行き過ぎていた。現おばあちゃんネコのよんちゃんが2歳になって強烈にまた赤ちゃんネコが欲しくなっていたところで、さらによんちゃんと見た目がそっくりだったからもう運命みたいな気がして、そのままさらって獣医さんに直行した。

 頭に化膿したキズがあって、感染症や伝染病に罹っていないことが分かるまでよんちゃんと隔離して過ごしたことや、ファーストコンタクトから現在に至るまでよんちゃんがピーさんを嫌って全然仲良くしてくれなかったこと、東京から帰省のたびに新幹線と車の旅をしたこと、手のひらに載るくらい小さくて、帰省途中に泊まった姉の家で行方不明になり探し回ったら食器棚の下の隙間に平ったくなって潜り込んでいたこと、なのに半年後に帰省した時には誰も信じてくれないくらいでかくなっていたこと、キャリーバッグが大嫌いで東京に戻る朝には神隠しのようにどこかに隠れてしまうのであらかじめ確保しておかなければならなかったこと、友人がガンで闘病した時一人暮らしがさびしいというのでレンタルに出して、ピーさんは彼女と一緒にしばらく暮らしたこと、わたしが結婚していた2年間は元夫の連れネコと折り合いが悪いのでわたしの部屋でよんちゃんと2匹暮らしを余儀なくされ、その期間ばかりは仲良しだったこと、離婚して実家に戻った途端もとの木阿弥になったこと、コネコ氏が拾われてうちにジョインし晩年になって初めてラブラブの仲良しができたこと、でも最初はコネコ氏が元気すぎてそれに付き合ってたら疲労であやうく死にそうになったこと、お刺身が好きで人と一緒に食卓を囲み、ゴハンの時間に正確で人間が時間を守らないと呼びに来たこと、こたつが好きで窓が好きで薪ストーブの前の床が好きなこと。そういう、17年。

 飼い猫がこうして死を迎えようという時、わたしは本当に離婚してよかったなあと思うし、フリーランスになってよかったなあと思う。病院にも適宜連れて行ってあげられるし、多分、息を引き取る時には傍にいることができるだろう。

 ネコたちが死んだら火葬にしてお骨を手元に持っていようと思っていたが、先日叔母が、ネコの骨は柔らかくすぐ土に還り、数年前に死んだ叔母の家のネコはもう埋葬したところに跡形もない、と言っていたので、家の脇に埋めてもいいかなと思う。骨がずっと残るならこの地に縛られることなので、わたしがこの家を離れたりした時に別れ別れになってさびしいような気がしたけど、土に還って無、というか自然に溶け込んでしまうのなら、たましいが自由であるような気がするから。お墓となる場所に何か、やさしい木を植えたい。

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