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ハッピーバースディ /-sweet teenager 3-

 誕生日のプレゼントには公道で手をつなぎたいと思っているけどそれはフミちゃんには言ってない、去年の夏からあたしたちは付き合っているけどまだ一度も手をつないだことはない。フミちゃんと手をつないだり腕を絡めたりするのはカーテンの奥に閉じられたプリクラの機械の中で体を寄せ合う時とかコンビニのイートインコーナーで隣同士くっつき合ってひとつのスマホを覗き込む時とかそんなことしてもおかしくない時。とてもとても手をつなぎたいけれどそんなことはフミちゃんには言わない方がいい、だってそんなこと言ったらあたしたちふたりとも困ってしまう。

 フミちゃんはとても男の子にもてるのフミちゃんは気づいてないけど、だってやっぱり涼しげなショートカットで切れ長の美人で剣道部の主将で強くて勉強もできるから、男の子たちはみんな見てるよ狎れた気やすい冗談はたたかないけど、でもフミちゃんは気位高い訳じゃなくてすごく庶民的でフラットだからそう男の子たちはフミちゃんを彼女として従えたいんじゃなくてフミちゃんからいけてる友達って思われたいのそんな感じ。

 あたしは教室ではいつも静かで外を眺めてるような女だから男の子たちはあたしのこと気にも止まらずでも無害だから苛められもしない、あたしはいつもそんな感じ。でも休み時間のたびにフミちゃんはあたしの席に来て流れるようにお喋りをして笑い明るくて元気、男の子たちは不思議に思ってるかもしれないけどやっぱり無害だから嫉妬されもしないね、別にちょっとくらい嫉妬してもいいよだってあたし彼女なんだから、でもだめやっぱ知られるとあたしたちふたりとも困る。

「ねえ、アヤコ、今度の土曜日どこに行こうか、アヤコ誕生日じゃん」フミちゃんがあたしの席に来てそう言う目をきらきらとさせて楽しそうに。「何がいいかな、どこか行きたいとこある?遊園地?甘いもの食べる?それともどっちかのうちがいい?」フミちゃんが楽しそうにしてるといつもあたしまで楽しくなるどこでもいいなフミちゃんと一緒ならどこにいても楽しいよ。「初めて一緒の誕生日だからさ、なにかスペシャルなことしたいね、ねえ、なにがいい?」あ……。

「フミちゃん」
「ん?なに?」
「あのね、ちょっと遠くに出かけて、街をぶらぶらしたいな……」

 フミちゃんはあたしの顔を見てそれから目線を上にあげてしばらく左右に動かしまたあたしの顔を見てぱっと笑い「オッケェ!」と言って両手に腰を当てた。「じゃあ金曜日の夜に連絡する。楽しみにしてて!じゃまた後で!」そして予鈴が鳴りフミちゃんは自分の席に戻るあたしはちょっと心が沈む。

 土曜日フミちゃんの指定した駅に行ったら電車に乗せられて連れられるままに電車を降りたらそこは渋谷だった。人がいっぱいものすごく混んでるどうしようまるで流れに押し流されそうだよ。「ランチしてさ、パンケーキを食べよう。誕生日だけど、それっぽいケーキじゃなくていい?ちょっとふわふわでさ、おいしいの、行こう!」フミちゃんは交差点を渡りセンター街の方を進む人の波の中臆せずにぐいぐい進む。

 フミちゃんが人の流れの中で立ち止まってあたしを振り返るからあたしも思わず立ち止まる。フミちゃんがちょっと泣きそうな笑いを浮かべるあたしは不思議になるどうしたの?流れていく人ひと人の間でフミちゃんが手を伸ばしあたしの手を掴んだ、あ……。

 フミちゃんが言う「ハピバースディ」そして手を握って歩き出すあたしは呟く「フミちゃん……」。フミちゃんはぐいぐい歩く「プレゼント第一弾ね、残りは後ほど」あたしはもう一度呟く泣きそうな気持で「フミちゃん……!」。フミちゃんが腕を引き寄せあたしは横に並びそしてフミちゃんが言う「なんだよう、キスの方がよかったのかよう」そんなことを言うからあたしは思わず笑ってしまう、そして手に力を籠める。「ハピバースディ」フミちゃんがもう一度言いあたしが言う「ありがとう」。フミちゃんの手が温かくそして力強い、どうしよう、あたしはこのまま人混みに溶けて死んでしまってもいい、ああ、でも嘘、死にたくない、このままフミちゃんと手をつないでいつまでも生きたい。

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カバーフォトは、「みんなのフォトギャラリー」より、深夜さんの写真を使わせていただきました。ありがとうございマス!

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