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シネマ、アローン/-sweet teenager 8-

 ひとりで観るエンターティメントがこんなに味気ないなんて。明るくなる映画館の座席で、わたしは少し呆然とする。

 ううん、つまらなかった訳じゃない。上映時間を調べて、ネットで座席を予約して、自分だけのためにお洒落をして、バスに乗る。入場券を発券して、席を確認してからポップコーンとダイエットコークを買い、さあ館内が暗くなって予告編が始まり、やがて本編がスタートする。それからの1時間数十分、時にくすっとし、時に声を立てて笑い、映画の中身は十分に面白い。なのに、どうして?どうして横にあなたがいない?

 いっそ生真面目なドキュメンタリーか、前衛的なアニメーションにすればよかった。そういう映画だったら、自分の狭い興味にはまり込んで、スクリーンと音だけに没頭し、時間を誰とも分け合わず、子どもみたいに息を詰めてひたすら観る。

 でも、エンターティメントはそうじゃない。面白い、と思った瞬間に被る笑い声、このシーン!と思った瞬間に合うタイミングのいい視線、ポップコーンは塩味とキャラメル味をシェアして、エンディングロールが流れる時の満足でちょっと疲れた体の伸び、席を立ちながらのどの台詞がヒットしたかとかどのシーンが最高だったかとかいう熱い会話、そういうものがないと、びっくりするくらい喜びがダウンしてしまう。

 席を立ちながらぼんやりする。なんか失敗したな、わたし。ふたりで観るために、とっておけばよかった。

 今日から大学は夏休みだし、あなたにしばらく会えなくなっちゃうし、一緒に映画に行くのだってひと月に1回くらいだし、気になってたあの映画、封切りされるし、だからあなたのこと誘ったのに、
「あ、俺明日っからバイト始めるから」
であっさり終わり。なんだか心がぽっかりしてしまって、でもなんか心が切り替わらなくって、まるで自動筆記のように映画を観に来てしまったのだった。

 なんだろう、どうしたんだろう、映画くらいひとりで観に来られたし、ひとりでも十分面白かったのに、今までは。

『疲れたっすー。バイトきついっすー』

 夜になって、あなたからメッセージが来た。わたしは急にあなたが恋しくなる。おつかれさま、そう言えばいいのに、今日さびしかったんだけど、そんなふうなことが言ってみたくなる。
「わたし、映画観に行ったよ。ひとりで行っちゃった」
 でも、あなたがいないからつまらなかった。

『えっ』
『何観た?』

 速攻で戻ってくる、あなたの返事。

「お前はまだグンマを知らない」
『えっ、何そのフライング』
『俺も観たいって言ってたじゃん』
『何でひとりで観に行ったりするんだよ』
『待っててくれたらいいのに』

 立て続けにぽんぽんとトーク画面に飛び込んでくるあなたのブーイング。わたしはじわじわと心が温まっていくのを感じる。

「いいよ、もう一回行くよ」
「今度は一緒に観に行こう」

 フライング、と思ってくれるのならば。あなたもわたしと一緒に映画を観たいと思ってくれるのならば。
 いいよ、また観に行こう。何度でも何度でも、ふたりで一緒に映画を見に行こう。

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カバーフォトは、「みんなのフォトギャラリー」より、oui-n さんの写真を使わせていただきました。ありがとうございマス!

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