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「絵と釣りと、少年の夢そのままに…」村上康成『まっている。』

 コロナの只中、2020年の7月、村上康成の絵本『まっている。』が刊行されました。

 男の子は魚が掛かるのを待っている。クモはトンボやバッタが巣に掛かるのを待っている。花はハチやチョウを、サンショウウオはアユを……。待っているのは、獲物ばかりではありません。セミの幼虫は土の中で時を、オオミズナキドリは海の潮が動き出すのを、シカの子は茂みのなかでお母さんを。そして、わたしは……。

 予期せぬパンデミックで、否応なく留まること、待つことを強いられ、大いに困惑するわたしたちに、この絵本は多くのことを語り掛けてきました。

 1955年、岐阜県の中津川生まれ。山と川に囲まれ豊かな自然に恵まれた環境で、野山を駆け回り、大好きな絵を描き、父親の指南で釣りを大いに楽しんで育ちます。

 絵本作家を目指すきっかけは、浪人時代に原画展で出会った谷内こうたの『のらいぬ』(至光社)。野良犬と少年の孤独と触れ合いを、シンプルなフォルムと穏やかな色合いで、詩情豊かに描いた絵本。わずかなことばと絵が物語を展開する、当時としては革新的なものでした。

 20年秋、愛知県の刈谷美術館で、大規模な村上康成展が開催されました。学生時代の作品から、最新作まで、「ピンク、ぺっこん」シリーズ全五冊をはじめとする絵本作品、表紙絵やカット、ブックデザインからオリジナルグッズ(アウトドア派の村上ならではの機能重視の本物志向)、そして東日本大震災以降本格的に取り組んできたタブロー作品の数々も。幅広い仕事を網羅する充実の展覧会。

 300点の作品に囲まれて強く感じたのは、理屈抜きの“色の心地よさ”です。日本人の好きな色は1位が緑、2位が青だそうですが、その2色は村上作品では主役。そこに突然、思いもよらぬ赤茶色や黄色が登場し、観るものをあっと言わせます。

 村上の特長は、大胆に簡略化された造形。魚も鳥も登場人物も、みなぎりぎりまで省略されて描かれます。背景もシンプルな余白=間なら、描かれた風景もシンプル。パノラマ画面に、空や川が伸びやかに広がります。村上自身、デザインと、歌舞伎に象徴されるような様式美への強い拘りを語っていますが、日本的な様式美を主軸としたデザイン感覚は村上の大きな特長であり魅力。そのパノラマ的風景を描く画面の多くは「俯瞰の構図」、つまり上から見下ろしたもの。直線ではない少し曲がった道には、その両側に毛虫の足のように草が生え、真上から見た池の周りには、花が咲いたように木が伸びている。まるで子どもが描いたようですが、この時、画家は鳥の目になっている!? 立体感を排除した平面性とともに、日本の絵画表現とデザインの影響が伺えます。

 講演会に、男性ファンが多数押し掛けるのもこの人ならでは。酒とバラの日々ならぬ、絵と釣りの日々。少年の夢をそのままに生きる画家の、次なる絵本が楽しみです。

『まっている。』
村上康成 作
講談社 刊

文:竹迫祐子(たけさこ ゆうこ)
ちひろ美術館主席学芸員、同財団事務局長。これまでに、学芸員として数多くの館内外の展覧会企画を担当。財団では、絵本文化支援事業を担い、欧米のほか、韓国、中国、台湾、ベトナム等、アジアの国々での国際交流を展開。絵本画家いわさきちひろの紹介・普及、絵本文化の育成支援の活動を担う。著書に、『ちひろの昭和』『永遠のモダニスト 初山滋』(ともに河出書房新社)、『ちひろを訪ねる旅』(新日本出版社)などがある。

(2021年1月/2月号「子どもの本だより」より)

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