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著者と話そう 鵜木 桂さんのまき

2023年6月に刊行した『月のボールであそぼうよ パンダとリスのはなし』はベルギーの作家とオランダの画家による低学年向けの物語です。翻訳を担当されたオランダ在住の鵜木桂さんにお話をうかがいました。


『月のボールであそぼうよ パンダとリスのはなし』
(エド・フランク作/テー・チョンキン絵/鵜木桂訳)は、
パンダとリスの友情を描いた、ユーモラスな物語。

 子どもの頃のことをお聞かせください。

 生まれは松本ですが、父の仕事の関係で、小学校に入るときに千葉に引越しました。一人っ子で引っ込み思案なうえ大学の付属小学校に入学したため、近所に友だちがいませんでした。学校で仲のいい子は家が遠く、子どもだけで家に遊びに行ったりもできなかったんです。なので、ずっと家で本を読んでいました。それも翻訳作品ばかり。父が英米文学の研究者だった影響だと思います。
 曽祖父が南九州で古書店を経営していたため、父は子どもの頃から本に囲まれていたそうで、本だけはお金を惜しまず、わたしが「ほしい」という本はどれも買ってくれました。当時父と外で待ち合わせをするときは、必ず書店で、そのときには何冊も買ってもらったものです。また、小学校の図書館では、一日おきに本を借りていました。
 でも、中学に入ると、本を読まなくなって…。

 また読むようになったきっかけはなんでしょう?
 中学校2年の夏に、父の仕事でアメリカに引越したのがきっかけです。英語に囲まれる生活の中、日本語の本を読みたくなったんです。一年目はボストンに住んでいて、父がハーバード大学のアジア図書館から全集ものの本などを借りてきてくれました。二年目にフィラデルフィアに引越すまでの数か月、ニューヨークに滞在した際、哲学者の石黒ひでさんの留守宅をお借りし、小林秀雄の本などを読んでいました。中学生がわかっていたのかは怪しいですが。学校には日本人がいなかったので、あとはひたすら英語での生活でしたが、日本にいるときから、本も映画もアメリカのものが好きだったので、きついというより楽しかったですね。
 2年後に帰国して受験、入学したICU高校は自宅から遠く、片道2時間15分。それでもバスケットボール部に入り、毎日夜10時頃帰宅する生活でした。

 オランダ語を学ぶようになったのはどうしてですか?
 じつは、オランダ語との出会いは偶然のようなもので…。高校では全校生徒の三分の二が帰国子女、その過半数は英米圏で過ごしており、10年近く暮らしていた人も多いので、英語のレベルが高く、とてもかなわない…。その後進学した上智大学の比較文化学部は英語で授業、バイト先でもずっと英語を使っていたので、英語以外の言語を学びたくなってきました。高校の同じ学年に仏・独・西が母国語並な同級生もいたので、もっと履修者の少ない欧州言語を学ぼうと思い、大学書林語学アカデミーに見学に行ったんです。オランダ語のクラスに興味を持ち、そういえばミッフィーも好きだし、一番好きな花はチューリップ、よし、オランダ語にしよう、と(笑)。その後はまって、「オランダ語」とつく講座には通えるだけ通いました。

 それからオランダに渡られて…?
 1999年にライデン大学に入学しました。一年ほどで帰ってくるつもりでしたが、たいして上達しないのでもうちょっと、と思っているうちに、22年経ってしまいました。オランダでは、在学中から、通訳や技術翻訳、英語、オランダ語の講師などの仕事もしていて、大学を卒業したのは2009年です。教える仕事につくなんて考えたこともなかったのですが、案外向いているみたいです(笑)。国際農業者交流協会やディラ国際語学アカデミーなどでオランダ語と英語を教えています。

 日本でオランダ語を学んでいるときに、翻訳者の西村由美さんとお知り合いになって…。
 西村さんのご紹介で、徳間書店でオランダ児童文学のリーダーを始めました。依頼された本を読み、あらすじをまとめ、感想を伝えますが、それが今回の翻訳につながりました。翻訳という仕事には大学時代から興味がありましたが、西村さんと出会って、色々とご指導いただき、真剣に目指すようになりました。オランダ政府は自国の文学作品を海外に広めようと、オランダ文学基金を運営しています。海外出版社への翻訳助成金制度や、「翻訳者の家」という翻訳者の言語能力や文化理解を深めるための宿泊施設もあります。基金主催の翻訳講座で、翻訳者の野坂悦子さんや長山さきさんの講義も受けました。最近は、オランダで話題になっている本を出版社に持ち込んだりもしています。
 わたしは学生時代、マスコミに興味があり、日本では新聞社でアルバイトをしていました。いまは、取材をして雑誌に記事を書いたり、通訳もしています。通訳の仕事は、下調べや当日の緊張もあり大変ですが、さまざまな分野の通訳をするので勉強になりますし、人との出会いがあるので、今後も続けていきたいです。

 今回で児童書の翻訳は二冊目ですね。
 一冊目の『うんち工場で大冒険 たべものの消化の旅がわかる』はノンフィクション絵本。本文のほかに、イラストにあわせて細かい解説等も入っていたので、レイアウトも考えながら訳しました。
 今回の『月のボールであそぼうよ』は、小学校低学年向けの児童文学。読者の年齢の子にわかりやすい日本語に訳すのが最初は難しかったです。また、イラストとあうように、文章の長さを考えながら訳していきました。原書は左開きですが日本語は右開きなので、イラストの向きを逆にしたりすることなど、新鮮でした。

 オランダの魅力はどんなところでしょう?
 個人の権利が重視される自由な国として知られるオランダは、自分のペースで生きられる国です。定年前に仕事を辞める人も多く、ふだんからみな、バケーションのために生きている、ですから老後の遊び方も上手です。
 これからも、オランダの魅力を伝えられるよう、さまざまな作品を訳していきたいです。

 ありがとうございました!

鵜木 桂(うのきけい)
オランダ語翻訳者・通訳。中学時代をアメリカ東部で過ごす。
英語以外の語学習得のために渡蘭し、ライデン大学でオランダ
語・美術史の学士・修士取得。国際農業者交流協会、外務省な
どで語学講師も務める。
訳書に『うんち工場で大冒険 たべものの消化の旅がわかる』
(河出書房新社)、『月のボールであそぼうよ パンダとリス
のはなし』(徳間書店)がある。

(徳間書店児童書編集部「子どもの本だより」
 2023年7月/8月号より)


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