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 つぶやきサン、挨拶にスランプなし


 純粋理性批判、実践理性批判、判断力批判、ネクストステーション、さたにとぱいナナー
 つぶやき地蔵です、ヨロシクお願いします

「よろしくお願いします、つぶやきサン、じつは先日、ある会社を訪問していたら怒られている社員がいたんです。
ソソウをしたんでしょうか、叱っていること自体はいいんですけど、上司でしょうか、どう見ても若い男が年配らしき人を叱っている、それも「さん」付けしないで呼び捨てにしていて、見ていていい気分がしなかったんです、つぶやきサンはどう思われますか」

 まだそんな組織の会社があるとは驚きだな、会社の雰囲気とかもあるし、肝心のマナーを最初に教えていない証拠で、業績ばかり目が奪われているんだよ

「つぶやきサンはそんな経験、あるんですか」

 最初な、経験したのは大学に入ったときかな、オレは浪人して入ったけど、現役で入った年下の上級生に呼び捨てにされてね、あまりいい気分はしなかったな
ひとり、気さくで男らしい年下の同級生と仲良くなった以外はな

わざとオレが浪人していることを気づかって乱暴に呼び捨てにしているわけよ、見た目は野蛮でも心優しい男であったから、心許してな、逆にそばにいた他の年下の人が驚いていたよ
なんでも奴は、高校生のとき夏休みかなんかに工事現場の土工やってて、一升瓶を肩に背負って行ったというからビックリ、そんなことしていいんかい、とても驚いちゃった

優秀な兄貴とは違っていたけどな、話していたら根は賢い奴だった、ふだんは身体は大きくてガラっぱちなのに、女性の話題になると存在が消えたように沈黙するんだ、たしか生まれも高校も小倉出身で、昔の九州男児の典型よ
外見から女性にモテないけど、身近にいる職場の女性にはその良さがきっとわかるだろうし、母校愛とか年下の者に優しかったからな
学校卒業して会う機会がなくなったので、いまどうしているんだろう、つい奴を思いだしてワキにそれちゃった

「その人は例外じゃないですか」

例外だったな、それからいろいろあったけど例外だな、挨拶はちゃんとしないといけない

なんでも、芸能界は1日でも早く入った人が若くても先輩だと言うし、年上でも後輩はキチンと、先輩にはサン付けで挨拶するそうだ、激しいみたいよ、縦の社会
人気や実力があっても、それ以上に芸術家と違って、「遅刻しない」で「挨拶」が基本でイチバン大切だそうだ、遅刻したら待っているスタッフがたいへん迷惑するから、みんなオカンムリよ

挨拶もなんだか面倒くさいな、と感じてもロボットみたいに何も考えず、朝起きて歯磨くように習慣付けていれば、逆に挨拶しないと気持ちよくなく、しだいに相手の顔も見えてきて、「おはようございます、今日もよろしく、よろしくお願いします」などと余分なことを言って逆に怒られることもある

ソノ最初の話、「さん」付けな
基本は、学校とか会社職場では、年下でも先輩と上司にはさん、

逆に、年上の人には、後輩でも部下でも、さん付けするのは人生の先輩に対する敬意であって、人間社会の基本だわな

奴とは同期で親しいんよ、と上司を呼び捨てにするのはオカド違いで、二人でいるときはまだしも、反対に言っている本人がまわりからだらしなく見られてしまう、それなら肩書きで何々課長とか
それに自分より若い人の上司に、さん付けしてもけっして恥ずかしいことじゃないしな、思う心が恥ずかしくて、どうぞどうぞといえば、あちらもそちらこそ、どうぞどうぞと言う自然界の作用反作用の法則よ

それでも年下で年上に乱暴な奴には、ソンナ奴だとして、変に気をつかっても疲れるし、野獣を扱うように交通整理するように、世間は誰でも彼でも同じ人ばかりというのは「独裁者」の考えです、ソンナ奴がいるからいい人や優れた人を見るチャンスができて、われわれもたくましく育って行くものさ

「 それでも頭にくるから何か言いたい、文句を言いたかったらどうしたらいいでしょう 」

蟷螂(とうろう)の斧よ
弱くて力がないものが過信して取り潰されるだけ、蟷螂、つまりカマキリのことだけど、弱いのに強い馬車に突っ込んで潰されるようにね

でも何か言いたい、
たとえば仲がいい友達には、多少のきつい意見も笑って聞いてくれるかもしれないように、いやでも仲良くなって、気さくに言えるようになるまでしかない、話してみればいい奴かしれないし、そこんとこはわかんないけどな

でもこれも用心、親しい間も礼儀あり、親族、友人がケンカすれば、より激しいのは身の囲り、政治でも見ても通りだし、用心しなきゃいけない
ほんと人間関係の距離感ってむずかしいもんさ、だからこそ芸術や文学がソコに存在するってわけ、文学を志す人は面倒くさいといって逃げちゃいけない

だから夏目漱石も草枕の冒頭で言っている

山路やまみちを登りながら、こう考えた。
 に働けばかどが立つ。じょうさおさせば流される。意地をとおせば窮屈きゅうくつだ。とかくに人の世は住みにくい。
 住みにくさがこうじると、安い所へ引き越したくなる。どこへ越しても住みにくいとさとった時、詩が生れて、が出来る。”

ってね
また西郷隆盛の敬天愛人の真似じゃないけど、則天去私の境地にいたってるわけだ

すべからく創造する者にとって、悩みとか困難さは「宝」なんだ、どんなふうに立ち向かって行くのか読者も見ているし、本人もしんどいけど楽しみもある、同じものでも考える方ひとつでどうにでもなるってわけよ

そんな感じで、ほんと些細なことなのにじつは大きいことなんだ

それでもなくても人間関係いろいろあるし、こちらが何もしなくても誤解され、相手からよく思われないこともあったりして、そう言えばあの人、ワタシに挨拶もしてないわ、なんて輪をかけてギクシャクしてしまいかねない

特に
プロ野球の世界では打撃にスランプはあっても、守備にスランプはないといって、守備を怠りなくやるそうだ

挨拶にも、スランプはないって感じかな

「それでは、今日はこの辺で、ありがとうございました」

ありがとうございました



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「ふざけやがって、いったいオレを誰だと思ってやがんでえ、オレは山口組の」
「おっとお兄さん、それからさき、代紋をお出しになさいますと後に引けなくなさいますよ」

「失礼しやした、どちらの親分さんで」
「名のるほどの者じゃございません、田舎で小さな組をまかせてもらっているもので」

 などと男の世界で、チンピラほど代紋をひらけだすとは、ウソか本当かよく聞かれる言葉で、シロウトの世界でも雑誌にこんな話が載っていた。
知り合ったばかりの若い男女の会話で、女性からどちらの大学ですかと聞かれ、いちおう一橋大学です、と言ったときの女性の反応を見て、うわぁすごいとかなんとか言われたくて、悦に入っている記事があった。たびたびそんなことをやって、喜んでいたらしい。

どこにでも、どんな時代でもチンケな奴はいるもんで、せっかくがんばって勉強して入学したのに台無しにして欲しくない。
子供や若い女性に誇っても、どうしようもないじゃないか。

一流会社に入社したり、芥川賞を取って、やっとこれからがんばるぞというのに、自分じしんをほめても他人に誇るものじゃなし。
むしろ大学とか会社、文学の先輩たちが築きあげたものに、ドロを塗らないよう励んでもらいたいですね。

じっさい芸能関係の二世タレントでも、成功するかしないかは、親をどんなふうに見ているかで決まっているようです。
親の威光でわがままするのか、親の名を傷つけないように一般人よりも以上に、節度を守り、せっかく親からもらった遺伝子なのでじゅうぶんに発揮して、芸に励んでいこうとするかで分かれていくようです。

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