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 作家残酷物語 これでいいんだ



 以前は、
軟派でヤンキーかぶれる少年少女は、成り上がりでホラ吹きミュージシャンに憧れ、おれってヤザワよろしく。
いっぽう、いくぶん硬派で読書家は、知的に振るまっていても、よりインテリに弱く、何かしらコプレックスを抱えていた。

家柄が貧しいエリート、学校の偏差値が低い才人、才能がない読書人。
そんなことを熟知していた三島由紀夫は、厚化粧の履歴に厚化粧の文章を携えて、元はといえばおじいちゃんは農家生まれ、虚勢をはって登場したのだった。

かれにはいつも、ひとつのイメージが浮かんでいる。
顔で笑って人と溶けあっても、けっしてかれのまなざしは、心の中を開いていないようだった。
それに気づけば、さっそうと現れた頃のナイーヴな青年は、いつしか文壇のゴリラと呼ばれるようになっていた。

言いたかないけど東京生まれの人って、かれ同様、主義主張が異なる小林秀雄や吉本隆明にしてみても、ほんと、カッコつけやの見栄っ張りだからな。
ぼくみたいに、典型的な九州の長崎育ちの男にとって、恥ずかしくって。じつは、そんなところが面白いんだけどね。

( 注. 同じ日本でも一部の九州では、メソメソしたり、見栄を張ることを男らしくない、とみんなから形容されがちです。反対に、「男」を持ちだすような人を嫌う、東京人もいて、どっちもどっちや )


さて最近の文学事情、
今日も今日とて、日々創作活動に打ち込んで、小説家で一旗あげようと目論むM。
でもなかなか。
評論なら上手く、すいすい文章が浮かんでくるのに、小説を書こうとするとなぜか力んでしまう、やっぱりぼくは向いていないのかな、とM。
考えすぎかな。

知的すぎてもダメで、バカでもダメ、中途半端な奴は何やってもダメなどとつぶやいて、世の中に出ていない童貞青年に受けても、レイモンド・チャンドラーじゃないんだから。

そういえば、
ロマン主義が評判とったら、リアリズムが登場するのは世代交代の流れ、推理小説もシャーロック・ホームズの後にフィリップ・マーロウがあらわれ、一節リアルなフレーズで「ロマンティック」に憂いを込める。

シュルレアリズムの後にも、社会に興味があるカミュやサルトルが現れてハードボイルドな現象学が登場して、いくぶんリアリズム的傾向。

でもなんだかんだと言ってリアリズムも、結局はロマン主義の裏返しみたいなもので、覇権を握ろうとする、たぶんに男の自己主張って、女性の日常生活に根ざしたリアルさとちがい、ロマンティストだからな。
半径1メートルの人間関係、ワンコイン五百円の金銭感覚の女性と違って、俺たちは夢多き人種なんだぞ、なんて申すものなら反対に、いつまで夢ばっかり見て、と一蹴されるのがオチですね。

(まったく、女ってやつは、とカッコ付きで思いました)

そうそう、ロマン主義で作家出発した島崎藤村もリアリズムに移っていった、フランス作家ヴィクトール・ユゴーもそうだった、
個人の心の中でも移っていく、心の変化というより歳のせいでしょうか。


 逆に歳を取って心は若返っても、リアリーからロマンに移ることはないようだし、これも男と女の違いと思いしも、
昔、こんなことがあった。
以前のこと、職場のある女性。若いころは、変にツンツンして男にも対抗意識があったり、年下の女の子にも何かと厳しかったのに、あるとき、急に態度が変わった。

心境の変化、
30歳を前にして、結婚を考えようになって、またふと気づくとオバさまに近づくようになって、またまたふと気づいたのかな。
今度は変に若返って、子供っぽい、すなおな女性に豹変しました。

いっしゅん、おっと、立ちどきました。
そんな、かの女の後ろ姿を見て、これでいいんだろうか。
たぶん、これでいいんだ。

いかん、小説のネタを考えていたのに、またワキにそれてしまった。
しょうがない、食事してからにしよう。

       *

 気づいたら、例によっておもわず愚風さんちにやって来ていた
明治以来、日本文学広く長いといっても、鴎外と並んで愚風さんほどの名文章を書ける人はいない、作られた作家でなく天然の名文家と確信しているM.

スランプ脱出よりともかく、ひとつでも盗むものがあればいい、と知らず知らずのうちに訪れていた

「どうだい、小説の方はうまくいってるかい」、と愚風さん
「まだまだですね、評論とちがって気負いすぎているのか、良いもの書こうと焦ってばかりでなかなか、天国と地獄のあいだを彷徨っている、まるで煉獄の中にいる感じです」

「地獄よりましかな」
「そうですね、芥川龍之介の『蜘蛛の糸』に出てくる、地獄の中から一本の蜘蛛の糸を登っているカンダタみたいで、用心しないと落っこっちゃうよ」

「落っこっちゃってもいいじゃないか、ずっと地獄にいた方がいい、求めれば救いがある、活路があるってもの、それが文学じゃないのかな」
「他人ごとみたいに無責任な、だって、これって小説ですよ」

「そうだよ、小説だよ」
「えっ」

「どう、わかった感じかな」
「うーん、わかんない感じ」



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