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アートディレクター 芦田宗矩 -TDP生のストーリーマガジン【com-plex】 Vol.7-

デザインだけではない、これまでの経験が活きていく。東京デザインプレックス研究所の修了生を追ったストーリーマガジン「com-plex」。

今回ご紹介するのは、アートディレクターとして活躍する芦田宗矩さんです。芦田さんはTDP修了後、デザイン会社での勤務を経て、現在はデンマークのコペンハーゲンを拠点とする眼鏡ブランドのアートディレクターとしてさまざまな業務に携わっています。今回は、芦田さんにデンマークで働くことになった経緯やデンマークと日本のデザイン業界の違いなどについて、お話を伺いました。



やってみてダメだったら日本に帰ればいい――

ØRGREEN OPTICS キャンペーンビジュアル

――芦田さんの仕事について聞かせてください。

デンマークを拠点とする「ØRGREEN OPTICS」という眼鏡ブランドにアートディレクターとして勤務しています。ØRGREEN OPTICSという会社は、主に眼鏡とサングラスの製造・販売を行っています。25年の歴史を持ちながらも、インターナショナルでフレンドリーな会社です。デンマーク人に限らず、日本人やイタリア人など、様々な出身の方が在籍しています。

私はアートディレクターとして、ブランドに関わるビジュアルのすべてを担っています。新しいキャンペーンのアイデアやコンセプトメイキングなど、どのように見せていけばブランドとして成立するかをコントロールすることが業務の中心になっています。

ØRGREEN OPTICS アートディレクター 芦田宗矩さん
(オンライン取材場面)

――デンマークへ行くことになった経緯を教えてください。

以前から、一度は海外で働きたいという想いがありました。日本だけではない視点を持ちたかったからです。デンマークの会社を選んだ理由は、以前にヨーロッパを旅した際に訪れたデンマークが一番心地よく感じたためです。また、TDP入学前に眼鏡店で販売員をしており、ØRGREEN OPTICSという会社が身近であったこともあり、今に至ります。

――当時の心境はいかがでしたか?

正直、それほど大きな決断だとは思っていませんでした。それよりもTDPに入学するときのほうが、私には度胸が必要でしたね(笑)。会社を辞めて何のあてもなく、ただデザイナーになりたいという気持ちだけで上京しましたから……。とても不安に感じていたのを覚えています。そのときと比べたら、前向きな気持ちでデンマーク行きを決意しました。「やってみてダメだったら日本に帰ればいい」とも思っていたので。ただし、家族を連れていく責任はあるので、その点のケアは慎重に行いました。


デザイナーが制作工程のすべてを担う

芦田さんがアートディレクションを担当したブランドの冊子

――デンマークにおいて、デザイナーはどのような存在ですか?

一般的にデンマークのデザイナーといえば、プロダクトデザイナーや建築家、グラフィックデザイナーを想像されるでしょうか。それ以外のデザイナーも含めて、デンマークではデザイナーという職業が重要視されています。企業も自分たちが作る商品、自分たちが見せるものに関して、デザインをきちんとしたいという想いがあります。そのため、何を作るにしてもデザイナーの意見は尊重されています。

――日本のデザイン業界との違いはどのような点にあると思いますか?

一概には言えないですが、日本は制作工程が多いと感じます。日本のデザイン制作では多くの場合、クライアントがいて、それからプロデューサーやアートディレクター、デザイナーがいます。もちろん、その職業の一つひとつには役割(デザイナーはデザイン、アートディレクターはデザイン表現の管理、プロデューサーはクライアントへ提案)が存在します。その工程をきちんと踏んでいくと、どうしても制作工程が多くなってしまいます。クライアントからのフィードバック等も同じ工程をたどりますから。

少なくとも、私が勤務する会社にはそれほど工程は多くありません。もちろん、メーカーということもあり、クライアントがいないことも理由にあります。しかし、自分がデザインしたものに対する上司や社長によるチェックがあきらかに少ない。上司のオーダーに関して、それをデザインに反映したら、そのまま世の中に出ていく感覚です。

――制作工程が少ないことで、デザイナーの役割に変化は生じますか?

制作物に対するデザイナーの責任が重くなります。日本では、デザイナーは“いいデザイン”をすることが大きな役割ですよね。そのため、デザイン以外の工程に関しては、アートディレクターやプロデューサーが担うことになります。そうすると責任も分散されます。しかし私の仕事では、その制作工程のすべてを担っています。 デザインもするし、ディレクションもするし、提案も行う。幅広くデザインに関わる必要があります。そのため、責任と知識が求められます。


ごく自然な流れで幸せを求めている

――デンマークの日常生活において、クリエイティビティを感じることはありますか?

クリエイティブを仕事にしていない人でも、その感覚を持っているように感じます。特に家のインテリアに関しては、それが顕著に表れます。デザイナーでなくとも、自分で家具を修理するなど、とてもクリエイティブですね。その感覚は、日本の美意識や洗練されたデザインとは異なり、何かを作って“生活する”という感覚です。これは自分の生活空間をより豊かにするという意味もあると思います。もちろん、デンマークの豊かさの感覚は日本と異なります。日本ではものがあふれて、選択肢がたくさんある状態を豊かに感じる傾向にあると思います。しかし、デンマークは選択肢の少ない中でも創造力や工夫を持って、より豊かな生活を求める傾向があると感じられます。

――デンマークは国民一人ひとりの幸福度が高いと聞きます。

デンマークの人口は500万人ほどで、国土も日本と比べてかなり小さいです。多くの人は小さなコミュニティの中で生活しており、その生活以上に大きなことは求めません。大きなことを求めると、その分やるべきことが増えてしまいます。そうではなく、身の丈に合った生活の中で工夫して過ごすこと。それが彼らにとっての生活です。生活の中で、どのようにして幸せに暮らすかを考えていく。ごく自然な流れで、彼らは幸せを求めていると思います。


デザイン業界では“マイノリティ”

TDP在学時代、所属するデザインユニットで手掛けた装束デザイン

――TDPへ入学した経緯を教えてください。

学生時代は、美術系の大学で油絵を専攻していました。卒業後は何かを作ることを続けたいと思いつつ、社会人経験も必要だと考え、眼鏡店の販売員になりました。しかし、作りたいという気持ちが抑えられず、今自分にできることは何かを考えました。アートで生きていくのは難しい。では、デザインならどうか――。そこでデザインを学ぶための学校を探し、グラフィックデザインとWEBデザインの授業を一貫して学ぶことができるTDPに通うことに決めました。

――在学時代からクライアントワークに携わっていたと聞きました。

そうですね。当時から授業の課題だけではなく、仕事としてデザインに関わりたいと思っていました。クライアントがいて、そこに対してきちんと応えていく。そこでコースの違う仲間と一緒にデザインユニットを組みました。はじめはまったく当てがなかったので、学校の紹介でフリーアナウンサーの名刺作成や酒蔵ラベルの制作を手掛けました。中でも、装束の織物をデザインしたのは印象に残っていますね。学校から装束店を紹介していただき、100案ほどアイデアを出してデザイン案のプレゼンを行いました。そのうちの3つを採用してもらい、実際に装束になったのは大きな経験です。

――TDP時代の経験は今に活きていますか?

何をしたって、それが今につながると考えています。TDPの学生は、単に美術系の大学を卒業して、そのままデザインを仕事にするという進路ではないと思います。私たちは、デザイン業界では“マイノリティ”なんです。多くの人は王道を求めますが、私たちは視点もコンセプトも王道とは異なる。社会人経験があるからこそ、いろんな経験をしてきたからこそ、生まれるアイデアは必ずあると思います。勝負の仕方はいろいろあってもいい。これまでの経験を最大限に活かすことが、なによりも重要だと思います。


その行動は、必ず自分の身になる

――今後の展望を聞かせてください。

私は日本には良いところがたくさんあると思います。特にコンテンツ制作においては、抜群に上手だと感じています。服や靴などのショップひとつとっても、私からすると確実に海外で勝負できる。しかし、日本は戦い方を知らないから勝負できないような感じです。私は日本の良いコンテンツを、何らかの形で海外へ紹介していきたいと考えています。メディア等での発信ではなく、どちらかというとニッチな方法で勝負したいですね。それが販売なのか、輸入なのか、ブランドなのかはまだわかりませんが、いずれ挑戦したいです。

――最後にTDPへの入学を検討している方にコメントをお願いします。

以前、TDPの学生から「私も海外で働きたいです」と相談を受けたことがあります。彼女は20代で、海外で働くためにどうすればいいかわからなかったようです。私からすると、わからないもなにも行きたいなら行くべきだと思いました。失敗したら戻ってくればいい。失敗を恐れて行動できずにいる人は多い。でも、TDPに興味がある方は何か新しいことをしたいと思っているはずです。私はもう40歳になりますが、この年齢になるとどうしても頭で考えることが増えてしまい、行動に制限をかけてしまいます。だから、若いうちは思い立ったら行動したほうがいい。その行動は必ず自分の身になるはずですから。

――芦田さん、本日はありがとうございました。



今回のインタビューでは、デンマークで働くことになった経緯やデンマークと日本のデザイン業界の違いなどについて、芦田さんに伺いました。

アートディレクターとして、デザインだけでなく進行管理や提案など、デザイン制作のすべてを担う芦田さん。デザインもそうでないことも含め、これまでに経験してきたことを活かして、デンマークでクリエイションに取り組む姿勢は、海外を拠点に活動をしていきたいと考えるみなさんにとっても参考になるのではないでしょうか。今後の芦田さんの活躍に期待したいですね。

次回も、今まさに現場で活躍しているTDP修了生にお話を伺っていきたいと思います。

◇芦田宗矩さん
 Linkedin:https://www.linkedin.com/in/shyu-ashida-015633a0/
 Instagram:https://instagram.com/eye_shyu?igshid=YmMyMTA2M2Y=

[取材・文]岡部悟志(TDP修了生)、土屋真子
[写真]芦田宗矩さん提供