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杉本博司「江之浦奇譚」から知の探求のヒントを得る

私が以前から押している現代アーティスト杉本博司の本「江之浦奇譚(きたん)」について。

現代アーティスト杉本博司

 写真家からアートプロデューサーまで幅広く活動する彼の頭の中は知識の塊だ。とりわけ歴史、哲学、宗教に精通し、古美術に関しての知識量が豊富である。彼は写真家としてアメリカで成功し、アメリカで古美術商としてのキャリアを築きつつ現在のポジションを確立している。
 多くの芸術作品を残す彼だが、小田原の江之浦に巨大庭園を作ってしまったことは美術界では有名な話だ。それが「江之浦測候所」である。

江之浦測候所

 「江之浦奇譚(きたん)」はその作成過程が描かれているとともに、そこに設置している芸術品、というかそれは歴史的な意味合いを持つ石だったり、鳥居だったり深く理解しようとするには難解な内容である。もちろん、世界中の海を等しく切り取った彼の有名な写真「海景」シリーズや、夏至、冬至の太陽を見るために作られた建造物、言わば神殿のようなものまで飾られており、一度は訪れて欲しい場所だ。彼は未来に残す遺跡と称している。
 本書では江之浦測候所にある「モノ」の歴史的背景の説明などが詳しく説明されているが、正直頭に入ってきたのは5割程度だと思う。だから初心者にはおすすめできない。しかし私が面白いと思ったのは江之浦測候所の設立過程、彼の思考、人生を楽しむヒントが散りばめられている点であり、その点に興味のある方、江之浦に行ってみて堪能してみたい方、もしくは行った後に復習したい方にはおすすめです。

知の探求

 特に人間の意識の芽生えは海なのではないか?という彼の仮説はここの制作と深く絡んでいる。そもそも生命の誕生は海であったが、海から陸へと移り変わった時点で、人間は海を客観的に見るようになった。ものの区別の芽生えは、意識の芽生えにつながったのではないか?という仮説を彼は述べている。海との区別が意識の芽生えの原点だからこそ私達は今も海に妙にそそられるのではないかと。今日、資本主義社会の行き詰まりを感じている人は少なくないと思う、誰にでも平等とは言えない経済成長という信仰から離れて改めてもっと人間や物事を探求してみよう、知のフロンティアを旅してみようというのが彼の行っていることだと思う。資本主義の歯車の中で忙殺されていく日常から立ち止まって、一人一人の人間や一つ一つの物事をもっと大事にする。ものには深い意味があってこんなにも素晴らしいものである。時に妄想も入り交じる点も反合理主義的でいい。ちなみに「奇譚(きたん)」とは「ふしぎな話」を意味する。怪聞のような遊びも風流である。

江之浦測候所にふらり日帰り小旅行もいいでしょう

 その他江之浦測候所の構想は平成初期に遡るが、付近の地主との交渉、地元民との絆に関して、完成までの秘話も収められており庭園完成の約30年の歴史を感じる楽しさもある。小田原の江之浦には東京から日帰りで行くことも可能。とにもかくにもぜひ江之浦測候所の探訪をオススメしたい(予約制)。まずは動画を見ることをおすすめする。

杉本博司「江之浦奇譚」(amazon)

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