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トマさん劇場#37「幸せの白い中吊り広告」

ターミナル駅に、通勤電車が停まっている。
今、この6両編成の通勤電車に、一人の男が乗り込んできた。
河瀬昇大かわせしょうた、29歳。お笑いコンビ「キューティーソウルジェム」のツッコミ担当、「河瀬」としての顔と、駅近の喫茶店の店員としての顔を持つ。

近頃、彼には運がなかった。
ネタ作りを担当する相方でボケの「松田ちゃん」こと、松田連太郎まつだれんたろうがネタ作りを怠り、いつも出演している劇場での人気が落ち、出番を減らされる。
動画配信での広告収入も減りぎみで、生活には苦労しているため、最近はギグワーカーとして自転車を相棒に地元で働きだした。
カフェでは新人を教える立場になり、教え方に難儀する日々。

そんな彼は、今日も一息をつきながら電車に乗り込む。
空いている車両を探すべく、前の方へ歩みを進め、次の車両へ入ったところ、突然河瀬の足が止まった。
「ん…なんだこれ」

白一色で、何の宣伝も描かれていない中吊り広告が、天井から吊るされていた。
奥には「観光特急あをによし」「昆虫展覧会」「夏の伊勢志摩」などのカラフルな広告が並ぶ中での、「真っ白」だから、異彩を放っており、不思議な光景を作り出していた。
気になって反対側にも回り込んでみる。

反対側にはしっかりと宣伝が入っていた。
広告主はどうも、自社製カードゲームの普及促進を図っているらしい。
「カードゲームねぇ…俺はトランプしかわからないねぇ」
その時、河瀬の頭の中に思いもよらない考えが浮かんできた。
「カードゲーム…トランプ…えーとこれはなんだ…?」
「ふむふむ、でもって松田がこれをやってて俺が「違うでしょ!普通のトランプをしたいんだよ」」
「そして松田が最後にえーと?これの技を決めて「普通のだってば、もうええわ」で…」

「いける!使えるぞ!!」河瀬は小声で叫んだ。
すぐにスマートフォンのメモアプリを起動して、先程の閃きをとにかく書き込んでいく。
「ハッハー、白い中吊り広告様々だなぁ~」
白い面を再び見つめながら心の中で笑う。

電車はゆっくりと駅を出て、スピードをあげる。
床下に積まれているモーターの振動が、彼の元にも伝わってくる。

心地よい震えを感じていると、彼はまたもや閃いた。
「ん?」
突然、鼻唄を静かに歌い出した。

「白い中吊り広告に」「君の夢を描こう」
「裏地に写るぐらいの」「君の夢を」
「「…裏に写ったらダメでしょ」って俺が突っ込む。うん、なんだかいい感じだぞ!」

「白い中吊り広告の」「白は光の白さ」
「夢を照らすような白を」「塗りつぶせ」
「「塗りつぶすなよ、夢が照らされなくなるでしょ」ってか。あー笑える」と、心の中で呟く。

この日、白い中吊り広告を見てから、彼はネタのアイデアを2つ思いつき、それらをネタとしてまとめあげた。
そしてそのネタ2本を、松田に送った。

「すげぇいいじゃん!何これお前、才能アリかよおい~」
「才能アリかよって、お前がネタを書いてたらこうにはなってなかったんだからな」
「OK、じゃあ次のライブでやってみるか」

それから季節は巡って、暑い夏が訪れた。
テレビでは日々「政治と宗教」についての激論が交わされるなか、ある局のワイド番組に、キューティーソウルジェムの二人の姿があった。

「今ネットで話題の“白い中吊り広告“をですね、今回この番組で初披露していただけるということで。キューティーソウルジェムのお二人です、どうぞ~」
華やかな出囃子が鳴り、二人はスタジオの端から登場する。
「どうも、どうもどうも~」
「河瀬です」「松田ちゃんで~~~~~~~す」「長い、長いから松田ちゃん」
早くもスタジオには笑いが起こっている。
「キューティーソウルジェムです!よろしくお願いします!!」

二人は電車の中で思いついたネタを「トランプ」「白い中吊り広告」の名でインターネットにあげた。
すると、「白い中吊り広告」が若者の間でヒット。
二人の名は一躍、多くの人に知られるようになった。
二人はその「白い中吊り広告」を披露している。

「あ!」
「どうしたの松田ちゃん」
「この中吊り広告…白い!!何も書いてない!!」
「そうだね、ってこらこらこら、写り込みを利用して身だしなみを整えない!」
「おぉ~」
「何その、初めてテレビを見た人みたいな反応」
「めっちゃ写りこんでる」
「ここ電車の中だから!そんな真似しないの!!脚立まで用意してさ、見る気マンマンじゃないの」
「だって、何が書いてあるのかなって」
「いや、さっき『何も書いてない』って自分から言ってたでしょあんた」
「もう~~」
「あっ!泣いてる!!ごめんごめん」
「河瀬がお母さんみたいで恥ずかしい~」
「お前が子供みたいで恥ずかしいんだよ!!」

スタジオに笑いが巻き起こる。

「うぇ~ん」
「ああもうわかった!松田ちゃんの自由にしていいから」
「本当!?じゃあ、お礼に歌を歌わせて」
「お礼って…ここ電車の中だから、あっほら駅に着いた。そこで歌えよな、な!」
「よ~し、歌うぞ~!」
「おぉ、どんな曲?ヒット曲でも歌ってくれるの」
「『白い中吊り広告』作詞と作曲と編曲と歌・すべて僕!」
「あっオリジナルなんだ」
「うん!いい歌詞だよ」
松田ちゃんがアコースティックギターを鳴らし始める。
「♪~白い中吊り広告に  君の夢を描こう」
「♪~裏地に写るぐらいの  君の夢を」
「いや、裏に写ったらダメでしょ!どこがいい歌詞よこれ」
どっと笑いが起きる。
「♪~白い中吊り広告の  白は光の白さ」
「♪~夢を照らすような白を  塗りつぶせ」
「塗りつぶすなよ、夢が照らされなくなるでしょう」
またも大きな笑いが起きる。
「うぇ~ん!!」
「あっ、ごめんごめん、言い過ぎたよね」
「河瀬が毒舌コメンテーターになってるよ~、河瀬のくせに生意気だよ~」
「ジャイアンかお前は!?河瀬のくせに生意気だなんて、俺はのび太かよ!?」
「ぐすん、お前の物は俺のもの」
「あっ、それ取るなよ、てか急にジャイアン化してるよこいつ!!もうええわ」
「どうも、ありがとうございましたー」

二人で締めの挨拶を行い、拍手を浴びながらMCのインタビューに応じる。
「面白いネタでした。早速ですが、『白い中吊り広告告』ていうのは何処から出てきた発想で?」
「あっ、それは、この河瀬って男が持ってきて…普段は俺が作ってるんですけど」普段ネタを作る松田ちゃんが、質問を河瀬に転送する。
「あっ、これはいつもとは違って河瀬さんが作られた、と」
「はい。電車で帰ってたら、本当に『白い中吊り広告』があって、そこからネタを作ったんです」
「なるほど…」
「それで、河瀬はトランプってネタをもう一個持ってきてて、それはこのネタと全く同じとかで」
「違うでしょ松田ちゃん。あっ、その、リアル『白い中吊り広告』の裏面がね、カードゲームの広告だったんですよ。そこから作ったので、ネタが同じなんじゃなく、ネタ元が同じだったというだけの話なんです」
「なるほど…」

インタビューに答える二人は、白い中吊り広告のように輝いた顔をしていた。

(了)(2830文字)


この作品はフィクションです。
実在の人物・地名・団体等には一切関係ありません。


(その他作品)


さて、ここまで37回やってきた「トマさん劇場」ですが、「ジブンによる企画参加専門レーベル」への方針変更について、ジブンの脳内で只今鋭意検討中です。
そして「新連載」についても検討中です。
結論は7月末までに出します。




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