突然ショートショート「予算オーバー」
川のそばにそびえるビルの3階、ファッション会社のオフィスにある会議室では、冬の日差しを浴びて社員たちが新商品のコンペに臨んでいた。
「…ということで、いささか遅れ気味ではありますが、新たな冬の新商品はこの3つのアイデアから選定したいと思います」
リーダーである部長の声に、全員がホワイトボードに目をやる。
「植田さんの『スマホがすっぽり入るコート』、宗さんの『絶対曇らないメガネ』、そして矢野さんの『宇宙パワーのあったかオーバー』ですね」
3人の提案した試作品の写真が、ホワイトボードの上に躍り出る。
「今回はまず結論から伺いたいと思います。『この中には無い』でもいいのでとにかく挙手をお願いします」
会議室にいる20人全員その『結論』は出ているようで、この呼びかけに慌てる様子とか、そういうのは何一つ見せない。
隅っこでは提案者の3人がその様子を見守っている。
「では参ります。『スマホがすっぽり入るコート』」
3人が手をあげた。植田はどことなく悔しそうな表情を見せる。
「『絶対曇らないメガネ』」
5人が手をあげる。宗は少し嬉しそうだ。
「『宇宙パワーのあったかオーバー』」
7人が手をあげた。矢野はささやかにガッツポーズをとった。
「それでは多数決の結果に基づき、『宇宙パワーのあったかオーバー』を冬の新製品とします」
室内の参加者が矢野に拍手を送る。
その一方で、誰にも手を上げなかった5人のうち1人は、冷めた目で矢野と部長を見つめる。
「ん…どうされました、恩田さん?」
「いや、決まったのはいいんでしょうが、ちと色々高すぎやしませんかね」
「え…」矢野の表情が急に冷める。
「いや、実売価格49300円なんて、誰も買いませんよこんなもん。やめた方がいいのでは」
恩田の一撃に、矢野は慌ててフォローをかける。
「いやいやいや、宇宙開発からの技術の使用料が非常に高いものでして、それはもう致し方ないという認識でして…」
「これじゃまるで『予算オーバー』ですよ。オーバーだけに」
他の4人もこのオヤジギャグにうんうんと頷く。
「1000万着売ればなんとか…」
「その前に胡散臭いと思われて誰も買いませんよ」
「ちょ、それは内緒…」矢野は見事に撃沈した。
「…以上で会議を終わります。今後については後日」
部長はどこか申し訳なさそうに会議室から去っていった。
(完)(974文字)
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