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【散文】何もかも手放したいとしても。

正月明け、鳴りやまない電話対応。年末の書類確認。友達からの旅行の計画。結婚の報告。新ニーサ。ふるさと納税のワンストップ申請のための書類。

会社の机は適度に片付いている。けれど、それはあくまで人目があるからというのと、書類の提出が遅れたときに上司に「机が汚いからだろ、女のくせに」と言われるのが嫌だから突っ込まれない程度に引き出しにしまったりしている。
とはいえ、上司はポットのお湯は女性社員が朝に入れておくものだと思っている。たまに切れていると「お湯ないぞ!」と言ってから「俺は家ではこんなことをしたことはない」とかぶつぶつ言いながら入れておくのだった。入れるのなら黙っていれろ。
請求書関連で電話がかかってくる。チームのミスを個々に対応させてもいいのだけど、それだと電話の相手に迷惑がかかる。そのように教育できてない私が悪いのだから、私が請け負うのだった。それは文句を言ってはいけない。今年こそは教育に力をいれて仕事を分散するのだ。
今だけ。今だけ。

友達からラインで「あけおめ! 今年の旅行はどうする? 前はだーうえに合わせたから今年は平日の火水木あたりで旅行ね!」
と連絡がきている。だーうえは上田である私のこと。学生時代からの友人だった。彼女は扶養、子供なしパート定時あがり事務員だった。誰だって自分の仕事が大事だし、周りに無理がない程度の休みに旅行にいきたいだろう。私にあわせてもらったのはもらった。
月末あがりの疲弊した体力の中、生理が重なったけれど月内でそこしか休めそうになかったからだ。生理の予想はできたが、ぎりぎりいけそうだと思ったのだ。それは私の計算違いなのだけど。
旅行先は彼女の推し旅だった。とはいえ、特に行きたい旅行先もなかった。下手したら、近所のスーパー銭湯でいい。
思考回路は常にショート寸前だった。

家に帰宅すると、しばらく掃除ができてなくて回収日を逃したごみ袋が入口から通路をふさいでいる。なぜ、玄関に置いておいて捨てられないのか。もはや二袋くらいはためてもいいと考えているからだ。まとめて捨てられる、といつも思うからここにある。そうしてごみ屋敷はできるのだろう。
異臭がするほどの自宅ではないけれど、もちろん人は呼べない。洗濯ものは帰宅後夜干し。そこから箪笥にしまうこともなく、そのまま着用する。会社には制服があった。あってよかった。たまに、着るときは気づかなかったのに制服が生乾きの嫌なにおいがして、一日人に近づかないように気を付ける日もある。きっと、たまに「くさくない?」と思われている。けれど会社に人は基本的にみな優しく、陰でしかそれは言わない。

自炊にあこがれたことがあったけれど、結局ホット珈琲を買って、コンビニのしなびた100円の千切りキャベツに、チキンを買ってお湯はるの面倒だからシャワーあびて、動画みて、寝る前にサプリを飲んだり飲まなかったりして寝落ちする。夜中に目が覚めてその時間はなぜか目が冴えて、携帯を眺めて眠る。
二度寝しているので起きる時間はいつも希望起床時間より20分遅れる。その20分でおにぎり一個くらい作れるかもしれないけれど、そもそもごはんを最近炊いていない。そもそも、お釜を洗えてない。だから、箱買いしてあったカップ麺を鞄につっこんで会社へいく。水と珈琲は買う。

結婚式の返事をしていない。このご時世に結婚式をあげたい女友達。喜ばしいことだけど、ご祝儀の三万円とレンタルドレスと髪とメイクにお金をかけなくてはいけない。あと日曜日されるので、私は地元日帰り旅。本当は家を片付けるか寝ていたい。断ろうと思うけれど、ラインでも返事の催促がきたのでつい「おめでとう!! 結婚式参加に〇してポストに入れたよ」と返信してしまった。そのまま、ネットでレンタルと美容院を予約する。

そういや、ふるさと納税の封筒を探さなくては。もう牛肉は食べてしまった。あとはマイナンバーカードの№を書いて返信するか、ネットで入力するか手続きすればいいだけなのに。それをしないと節税にならない。締め切りまで一年くらいあったのに、してない。思い出せたのは今年のふるさと納税をネットで眺めているときだった。
ちなみに今年はフルーツにしようと思う。食べきれずに腐らせてしまう可能性があるけれど、お昼に毎日もっていけば食べられるだろう。洗って切ってタッパーにいれて持参できるかは定かではない。

――上田って、マジで何楽しみで生きてんの。

学生の頃に、好きな人に言われたひとことだった。青春なんてしてこなかったし、学生時代は勉強ばかりしていた。なのに学年でトップになんてなれなくて、適度に怠惰で無気力で漫画よんでよく眠っていた。
時々、何もかも嫌になってすべて手放したいなあ…って感じたときに彼の声が脳裏によみがえる。好きだと思ったのは、マヤカシだったって今になって思う。だって、そのひとことは私の心を突き刺したからだ。
実は猛烈に怒りを感じた。何を楽しみに生きている。貴様には何も見えないだろうが、それなりにあるんだよ。生きて眠ってごはん美味しいって思えるだけで、満足してるけど、なにか?

思い出してはいらだってしまう。生理前であることが多い。薬局で買った漢方をたまに飲む。
もう高齢出産である年齢になった私は、子供を産めない、産むとしてもリスクが高い体であるからいざとなれば「母子ともに危険です」「せめて赤ん坊だけでも」みたいな展開になる可能性がある。
死は怖い。ずっと怖い。生きる希望と呼べるものもないのに、私は死を考えると、心臓がどきどきする。友達とかは「別に眠るだけでしょ」とか独身仲間は「私は子供興味がないし、今更他人と暮らせない」と言っていた。それを聞くと私もそうかも、と思うし結婚式などいけば、ひとりじゃなくていいな、って単純に切り替わる。

帰宅して着替えず、ダラダラしていたけれど、重い腕を動かしてテーブルの上の可燃ごみを空いている袋にいれていく。飲みかけのペットボトルをラベルはがして、硬質プラであるふたは別の小袋にいれる。その作業をしばらくする。ちらばった服を洗濯物と着られる服にとりあえずわけて、洗濯ものは洗面所へ。先に入っていた洗濯物はいまから洗っておく。
干してある服を適当にわけて、季節が通り越したずっとかかっている着ていない服をたたんで紙袋へ。明日、リサイクルショップへいこう。紙袋いっぱいにしよう。
衝動買いしたバックも紙袋へ、コンビニの景品でもらったコップも、変なぬいるぐみも。髪をみつけたゴムでしばって、化粧品を100均の箱に。空になっていた化粧品は可燃へ、使いさしのマニキュアはネットで調べたら不燃ごみでいいとあった。市によって違う。中には中身を出して容器だけ不燃にと指定するところもある。無理だ、この街でよかった。
床がみえてきた。夜更けだけど掃除機かける。濡れたクイックルをみつけたので、手で床をふくと多少、べたつきがなくなった。
テーブルの上も荷物がなくなり、拭いて、洗濯ものができたので、家干しして明日の朝、起きてから外にほして一旦。洗濯リセットしようと思った。
布団も干そう。ネットでみたら明日は曇りなので、コインランドリーいこう。シーツだけでもいい。
ベッドが見えた。服を減らして片付けたからだ。黒いクリーニングでもらうタダのハンガーをまとめる。明日、制服をいくつかクリーニングにだそう。

このままではダメだ。劇的変化は望めない。けれど、一個一個片付けていくと床はみえてくる。見えない明日も多少はみえてくる。
また、たまるかもしれない。けれど、ちょっと動けば私は「生きる」に方向チェンジできるのだ。まだ、大丈夫。
きれたシャンプー、可燃に捨てて、ブラシでかるく磨いて湯舟をはろう。お風呂はいって、携帯は電源きって、眠ろう。明日は休み。
ごはんもたこう。釜も洗おう。
結局、何もかも手放してできなかったとしても今私は少しだけできた。

ふるさと納税の封筒はでてきた。ネットで申請した。数分ですんだ。新ニーサも設定できた。これも別に時間かからなかった。
結婚式はいかないことにした。レンタルドレスや美容院はネットでまだキャンセルできた。友人が減るかもしれないけれど、年に一回しか会わない友人だった。ひとり旅の予約をした。温泉とごはんと寝るだけの旅。
ここから一時間以内にいけるお宿。旅行を誘ってくれた友達には前からひとり旅行の予約していたのと、そこで有給使うからしばらく検討できない、職場でひとりやめるかもしれないから、先はわからないと言おう。そしてこれは嘘ではない。

片付けは軌道にのり、食器も片付け、キッチンをみがいた。食材はくさっているものは捨てた。もともと食材は少ない。
携帯で音楽を流して、お風呂に入ろう。
そして、暖かいまま眠る。きっと夜中に起きない。起きたとしてもすぐに眠気がきて、いい時間に起きることができるだろう。

たまに出現する「活動的な私」がいるから、まだ大丈夫。彼女は底辺までさがったときにやってきて、一遍に面倒ごとをやってくれるのだった。
ありがとう、私。
明日も、また――。


おわり。



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