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【散文】花いちもんめで残ったら

「勝ってうれしい花いちもんめ 負けてくやしい、花いちもんめ!」
「あの子がほしい」
「あの子じゃわからん」
「相談しましょ」
「そうしましょ!」
『きーまった!』

――私は大抵選ばれない子だった。

花いちもんめ、なんて今どきの小学生は知らないかもしれない。昭和生まれ平成育ちの私たちは小学生の頃、何人かの女子たちでこの遊びをやった。
ふたてに分かれたグループが横一列になって歌を歌う。歌詞の意味は人買いだとか、口減らしとか所説あるちょっと怖いような歌詞。
何も考えずに歌って、じゃんけんをして、欲しい子を勝った方が列に加える。誰もいなくなるまでやるゲームだけど、大抵私がひとり残って誰かが「もう終わろっか」と言って解散となった。
別にいじめられていたわけじゃない。気のせいかもしれないけれど、私の記憶ではひとり残されることが多かった。

なんとなくだけど、花いちもんめで残ったタイプの子は将来的に婚期が遅れる気がする。だって、小学生の時点で「残り者」になる率が高かったからだ。わかりやすく、あれは人気投票である。女子は無意識にこの子は選ばなくても気を使わなくていいと判断する。そのような女子は強く生きていける。そして男性は「この子はきっと男を必要としてないのだろう」というカテゴリにいれる。
これは誰にも話したことがない。話せばきっと「考えすぎよ」と一蹴されるからだ。
朝、起きてチームのメンバーから「子供の熱が出まして、保育園預かってもらえなくて今日お休みいただきます」と連絡があったとき、気合いれてメイクしているときに、ふとあの歌がきこえる。
意思の強そうな眉。ショートカットの髪に映えるガーネットのピアス。パンツスーツを着こなし、いかにも「仕事に生きてます」を装う。
結婚の話題を振られなくなった。本当は意識ばかりしているのに。若い女の子の結婚観や私より年下の子育て中の女の子の話題には笑顔で上司側の意見を言って終わる。私はもうそこから退いたとばかりに。
笑顔だけど、本当は私、いい上司じゃない。立派なお局。何人か子育て世代の休みの連絡が重なったとき「あ、残業だ」と考えるほどには意地が悪い。
寛容でありたいのに、今日のタスクと元々休みの社員の人数を把握して、ため息をついてしまうくらいには。

本当は私も体調悪い。休めばいいですよ、と同じく年かさの同僚は言ってくれるのだけど、そうも言っていられない。あとで自分が地獄をみるからだ。
溜まった仕事は誰も処理をしてくれない。机に山積みになる書類。期限間近のあの書類は回覧したけど、どこまでまわってる? アナログにするから時間かかっているのよ。私の仕事が段取り悪いのもあるけど、会社のせいもあるんだからね。

そんなことを考えながら、朝の支度をして見積もり通り今日は終電ぎりぎりとなった。そうだ、こんな仕事を辞めてしまえばいいのだけど、転職したら今より給料は下がる。そして、生涯独身であろう私に金は必要だ。辞めるわけにはいかない。やりたいこともない。

帰宅すると、年賀はがきが遅れてきていた。まだ一月ではあるものの、もう半ばも過ぎていた。懐かしい、小学生のころの友達だった。
田舎の小学校だったからクラスはみんな仲良しで、同じクラスだった男子生徒からだった。
顔の綺麗な男の子。この度、結婚することになりましたとあり、相手は男性だというカミングアウト。なんとなく、驚きはしなかった。女の子と並んでいる姿の方が思い浮かばなかったから。
疲れているせいか、君が男性と結婚することでこの世から独身女性がまた一人生まれたんじゃないか、とか皮肉気な言葉が浮かんだ。
缶ビールを開けて、ソファに転がると夜中まで動けないを私はいい加減学ぶべきなのに、年賀状の文字を眺める。
綺麗な文字で「また会いたいです」とあった。クラス全員と仲良かったとはいえ、全員にこのハガキを送っているとは思えない。
今でもたまにやりとりする子にメッセージで確認すると「年賀はがきなんて来てないし、特に連絡もないけど」と返信があった。
結婚のことは触れないでおいた。私だけに年賀はがきを送ってきたのだ。なんとなく、今夜の私は勢いがあった。
残業ハイになっていたのかもしれない。その男の子「百村大輔(もむらだいすけ)」は友達の友達伝いで連絡がとれた。
ひさしぶり、とメッセージを送ると、返信がすぐに来て今度の日曜に会うことになった。

百村くんは昔のイメージのまま線が細くて、色白で、まつ毛が長くて、笑顔がかわいい青年だった。同い年だけど若く見える。羨ましい。
手を振って、あどけない顔で走り寄ってくる。
「中司さん、変わらないね!」
「百村くんに言われると、嫌みね」
「あはは」
気を悪くした風でもなく百村くんは笑った。私は彼との距離感を忘れていたけど、そうだ、他愛もない話ばかりして百村くんはいつも笑っていたのだ。なにがそんなにおかしいのかわからない、と思っていたけど悪い気はしなかった。
レトロ喫茶にはまっているとかで、昭和に迷い込んだ純喫茶に案内された。彼――結婚する人とも来たことがあるとかだ。
重厚なビロードのソファに、腰を沈める。中は少し薄暗く、オレンジ色の明かりが店内を照らしていた。注文したのは分厚いパンケーキと珈琲。百村くんはメロンソーダを頼んだ。
私は相手が飲み物だけでも空気を読まず、お腹が減ったからパンケーキを食すのだった。先に断っておくと百村くんは「別に断ることもないよ。気を遣うできる女だね」とからかってきた。
近況の話をして、私は仕事の愚痴を話して、今度プレゼンをしなくてはいけないのだけど、後輩が休んでばかりで結局チームじゃなくてひとりでやっているみたいだと誰にも話せないことをつい話していた。
会社でそんなことを言ったら結婚をあきらめた女が子育て世代を否定するな、とか言われるのだろう。それだけは避けたい。

「僕ね、中司さんのことずっと好きだったんだ」
「ぶっ!?」
つい先ほどまで、会社でおこった人事のことで愚痴を言っていたはずなのに、会話が途切れたところで脈絡もなく百村くんが呟いた。私はパンケーキでむせて珈琲で流し込んだ。ぬるい珈琲はとても苦い。
「気づいてた?」
「ぜ、全然……」
「僕、女の子みたいだから一人だけ花いちもんめ、よく混ぜってもらっていただろ。僕の中で絶対にルールがあったんだよ。中司さんは絶対に誰にも選ばせないってやつ」
「なにそれ。意地悪じゃない」
こいつが裏で糸をひいていたのか。だとしたらよく残っていたのはやはり勘違いではなかった。
「だって、君が誰かのものになるの嫌だったんだもん。僕は、女子で結婚するなら君がいいって決めてたから」
「私? 女でも好きになるの」
「性別を問わないっていう方が正確かな。中司さんかっこよかったし。背も高くて、凛として、男子といつも何かの勝負をしていたよね。男子から蛇投げられても泣かなかった……だから、今君から愚痴をきけて、嬉しい」
メロンソーダを口に含み、舌をみせて笑う。子供っぽい。だから若々しいのか。けれど、私よりずっともう大人。薬指の指輪が光ってみせた。
「以前より、私弱くなったのかな。愚痴ってごめんね」
「違うよ、中司さんはずっと前から先を歩いている、僕なんかよりずっと先を。誰かに弱みをみせることって大人しかできないことだから、人を信頼してる証拠だよ。それは大きなことを動かせる力につながるんだ」
「……まっすぐ、そんな風に言われたら照れるじゃない」

私は恥ずかしくなって茶化してしまった。
喫茶店ではまた会おうなんて「いつ」まで決めないで私たちは解散した。会うことはきっとないのだと思った。
そして、飲み込んだ言葉を反芻しながら駅まで歩く。ローファーの音が小気味よい。

――百村だから、話せたんだよ。
花いちもんめのことはちょっと恨んだけど、呪縛が解けてよかった。
君がそういうなら、これからもかっこいいままの私でいようと思う。


おわり





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