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死者の告発シリーズ第二弾 「女郎花」この怨み 来世に持って行けるのか

お女郎伝 二つの怨念
私の従兄は、継母に虐待されて育ちました。ちょっと味噌汁でもこぼそうものなら夜でも上半身を裸にし、竹の物差しでしたたかに打った後、裸のまま雪の戸外にほうりだしたそうです

虐待が「しつけ」と言い換えられた時代です。父親に告げ口しようものならさらに激しい「しつけ」が待つていました。従兄は死ぬまで継母を許せなかったようです。90年も傷は体に心に残りました。
私には義伯母にあたるスミさんは,伯父の死後、従兄をおいて再婚していったのですが、病いで倒れたと聞き、尋ねたら山奥の老人ホームにいました。前触れもなく倒れたといい、再婚先はスミさんの面倒は見られぬといい追われて、奈良の山奥の公共施設のホームにいました。

スミさんは身動きも出来ぬ寝たきり状態。食事時なので、唯一動く片手で焼き魚をつかんでむしゃむしゃたべていました。

幼い時、私が風邪で寝ていたところにたま訪ねてきたスミさん。かのじょが作ってくれたお握りと煮物のお返しの気持ちでホームに行ったのです。

幾星霜前、抵抗の出来ぬ幼い子をせっかんして、苦しめた継母は、今ここに、体の自由を奪われて横たわっている、と因縁の怖ろしさに震えました。


 それらの体験がやがて中年の私をして「心霊の世界」に導いたのですが、、。
約20年、寝た切りのまま、スエさんは眼を閉じました。 抵抗出来ないスエさんに周囲が虐待を施したかどうか、私は知らない。
けれど、そんなスエさんにも、耐えがたき時代がありました。


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