「写真の創作」って何?(1) ・・写真の創作性を著作権法から考える
素朴な疑問
写真を撮っているとき、ふと思うのが、写真は著作物だと言われるが、撮影するにあたって、自分は何を創作したのだろうか?・・と。単に目の前に広がる風景をカメラというコピー機でコピーしただけではないのだろうか?。
かつて Facebookで、こんな投稿をしたことがある。「自然が織りなす美しい景色に出会い、それをカメラで写し撮ったとき思う素朴な疑問・・・写真は著作物とは言うけれど・・自分は何かを創作したのだろうか・・。」
この投稿に対し、
というようなコメントが入りました。
皆さんはどういう思いで写真を撮っているのでしょうか?
著作権法には以下の条文があります。
さらに、著作物の例示として、著作権法には以下の条文があります。
この著作権法第10条から、写真が著作物たりうることは明らかです。
ただし、それが「事実の伝達にすぎない雑報及び時事の報道」である場合は著作物ではないということになりますし、さらに、そもそも、第2条の「思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。」(以下、単に「著作物性」と言います)に該当しなければ著作物とは言えません。
写真の著作物性については、「カタログ写真事件」では、以下のように述べています。
知財高裁 平成18年3月29日判決 平成17年(ネ)第10094号
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/817/032817_hanrei.pdf
写真の著作物性について
判例では、まず、写真というものの定義をしています。
「写真は,被写体の選択・組合せ・配置,構図・カメラアングルの設定,シャッターチャンスの捕捉,被写体と光線との関係(順光,逆光,斜光等),陰影の付け方,色彩の配合,部分の強調・省略,背景等の諸要素を総合してなる一つの表現である。」とし、
写真が、著作物としての「表現」に該当することを示しています。
そして次に、その表現が、「思想又は感情を創作的に」されたものかについて、以下のように示しています。すなわち、写真という「表現」について撮影者がその創作にどの程度関与しているのかにつき場合分けをしています。
1)「このような表現は,レンズの選択,露光の調節,シャッタースピードや被写界深度の設定,照明等の撮影技法を駆使した成果として得られることもあれば,」
2)「オートフォーカスカメラやデジタルカメラの機械的作用を利用した結果として得られることもある。」
3)「また,構図やシャッターチャンスのように人為的操作により決定されることの多い要素についても,偶然にシャッターチャンスを捉えた場合のように,撮影者の意図を離れて偶然の結果に左右されることもある。」
4)「そして,ある写真が,どのような撮影技法を用いて得られたものであるのかを,その写真自体から知ることは困難であることが多く,写真から知り得るのは,結果として得られた表現の内容である。」と指摘しています。
すなわち、その写真が、撮影者の「創作」なのか、偶然の産物なのかは写真からはわからないとした上で、その創作性の有無について言及しています。
写真の創作性の有無について
そして、ここが重要なのですが、判決では、「撮影に当たってどのような技法が用いられたのかにかかわらず,静物や風景を撮影した写真でも,その構図,光線,背景等には何らかの独自性が表れることが多く,結果として得られた写真の表現自体に独自性が表れ,創作性の存在を肯定し得る場合があるというべきである。」としています。
すなわち、写真はそのすべてが創作性を認められるのではなく、「写真の表現自体に独自性が表れ」ている場合に「創作性の存在を肯定し得る」ということを指摘しています。
以上から、写真は、それはそれが撮影者の意図通り撮ったのか運良くカメラが撮ってくれたのかはともかく、写真の表現自体に独自性が表れているなら、創作性を認める、ということを示しています。
写真の保護範囲について
写真の創作性 高度・・・・・・・・微少
保護範囲 大・・・・・・・・・小
判決では、「もっとも,創作性の存在が肯定される場合でも,その写真における表現の独自性がどの程度のものであるかによって,創作性の程度に高度なものから微少なものまで大きな差異があることはいうまでもないから,著作物の保護の範囲,仕方等は,そうした差異に大きく依存するものというべきである。したがって,創作性が微少な場合には,当該写真をそのままコピーして利用したような場合にほぼ限定して複製権侵害を肯定するにとどめるべきものである。」として、保護範囲は、その創作性の程度によって変わることを示しています。
被写体に何らかの加工を施した写真の創作性はどこに?
上記の判例から思うことは、では、森村泰昌氏の写真のように、自らが女優等に扮した姿を撮影した写真は、どこに創作性があるのだろう。
森村泰昌氏の写真はここに紹介されています。 http://www.morimura-ya.com/gallery/
女優等に扮した自らの姿をどう見せるかという点で、写真の撮り方にも工夫はあるでしょうが、実際創作したのは、被写体たる自らの扮装であることは間違いないと思えます。それを写真の創作性というのはどんなものでしょう。これはまさしく、写真というよりアートの領域の問題ではないかと。写真はその創作を他に伝えるためのメディアでしかない。といっても、判例に従えば、構図等を考えている以上はこのような写真も創作性が認められることになるでしょう。
自分で写真を撮らない写真家の作品の創作性は?
Thomas Ruff:カメラを持たない写真家として有名はThomas Ruffは、自分では写真を撮らず、ネット上の写真を利用して作品を作っています。他人の写真を素材として、それに何らかの創作行為を施しているわけですから、そこに、創作性が認められるということでしょう。元の写真との間で著作権問題は残るでしょうが。https://ec.tagboat.com/eccube_jp/html/products/list.php?author_id=113&tngs_flg=0
Stephen Gill:スティーブン・ギルは、自分ではシャッターを押さずに撮影した写真集『The Pillar』を発表している。これは、地面に杭を打ち、そこにモーションセンサーカメラを設置し、飛来する鳥の生態を記録した写真集です。https://www.nobodybooks.com/product/the-pillar-stephengill
昨今、人工知能(AI)が話題となっていますが、人工知能(AI)が勝手に創作した発明は、特許法では保護されません。では、カメラが勝手に写した写真はどうなのでしょうね。
カメラが撮ってくれた写真
Stephen Gill:スティーブン・ギルとまではいきませんが、最近のカメラはとてもよくできていて、カメラの知識の無い人でも、とても綺麗に写真を撮ってくれます。自身の創作意図に関わらず、単に、被写体にカメラを向け、シャッターを押したところ、なんとも素敵な写真が撮れた、という経験はないでしょうか。
そんなとき、思うのは、この写真は自分が創作した、とはなんともおこがましい、と。
自らの写真につき、創作性を言うのであれば、自分としては、かくかくしかじか、こういう意図でこのような工夫をして撮影したのだ、と説明できるようにしたいと思う次第。
続き:写真の創作って何?(2)・・写真の創作性を分析してみる
なお、著作権法からみた写真の創作についての続きはここ
「写真の創作」って何?(11)・・・写真の創作性を著作権法から考える:その2
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