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「ちゃんと」の呪縛

「ちゃんとして!」
こどもがご飯を食べずに、遊んでいて、そう声をかけている自分にハッとした!
・・・ちゃんとって、なんだろう。
自分で言っておきながら、自分でも何を子どもに伝えたかったのか、よく分からなかった。

ちゃんとの意味を調べると下記のようだ。

・他人にみられても恥ずかしくないように
・完全できちんとしているさま
・確実で間違えのないさま

幼少期、私自身、親に「ちゃんとしなさい!」といわれて育ったのだろうか・・・思い返してもよく覚えていない。。。
でも、おぼろげながら、私はいい子でいないと、親を困らせてはいけないと「ちゃんと」「きちんと」しないと、と自分で刷りこみ、じわじわと自分を苦しめてきたように思う。

・周りから見て、恥ずかしくないように
・周りから見てよいと思われるように
・周りから見て正しい振る舞い(正解を探し)をするように

そうやって、周りから見た自分を気にして生きてきたのだろう。
それが、無意識にこどもへの言葉となるほどに。

周りから見た自分で自分を取り繕う、、、
恥ずかしくない、間違えないように正しく、完璧で・・・そうやって、
そうあらねばならないと自分を苦しめてきたのだなと気がついた。

周りからみてよいとされることを選びがちな自分の内面には、
「他人の目・他人の基準」が潜んでいたのだ。
完璧じゃなくていいし、間違ってもいいし、恥ずかしくたっていい。
それを自分に許せるように、「ちゃんと」の呪縛も解いていきたい。
すぐにはできなくても、気がつけただけ儲けもの。
これからの未来は、「自分の目・自分の基準」で創るんだ。

そして、教えてくれたこどもへは、「ちゃんと」という曖昧な言葉ではなく、
具体的にどうしてほしいか、「座ってご飯食べようね」とか、
そんな風に言葉かけをしたり、関わっていこうとおもう。
子どもよ、気づかせてくれてありがとう。
昨日の自分より、また一歩成長した気がする。


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