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『オケピ!』三谷幸喜著、白水社

 『オケピ!』は、2001年の白水社の第四十五回岸田國士戯曲賞の受賞作だ。三谷幸喜が「戯曲が活字で残るのって好きじゃない」とこだわりがあるため、彼の舞台が本になるのはまずない。テレビのシナリオはいくつか出版されているものがあるが、舞台のものはないのだ。だから、この価値が倍増する。

 タイトルの『オケピ!』とは、オーケストラピットのこと。私は、劇場で見たかった。しかし、チケットを入手できず、ぐずぐずとあきらめきれない時に、この本と出会った。そして、DVDで鑑賞した。だから、私がみたのは第2シーズンのものだった。コンダクターが白井晃で、ハープが天海祐希だった。物語は、ミュージカル上演中の裏舞台がこの劇の舞台で、演奏合間にさまざまなもめ事が進展していく。夫婦別居、色恋沙汰、博打、マルチ商法、ペット問題、パワハラ、造反! まるで三面記事のてんこ盛り!それでも演奏はなんとか続いていく。

 三谷幸喜の描く世界の面白さは、なんたって、登場人物の格好わるさである。けっこう、小さいことにこだわりながら、人は生きているというばかばかしさである。それが笑えないぐらいにリアリティがあるところである。これこそが、三谷のテーマであり、私が共感するところだ。人間って誰でも、へっぴり腰になる。でも、そんな格好でも生きていくしかない。どの世界でもスポットライトがあたる舞台があれば、舞台裏があるっていう当たり前のこと。「どんなくだらないミュージカルでも、みんなが好きなうたがひとつはある」という歌に、「それって人生なんだよ!」と叫びたくなる。

 私はときどき『オケピ!』を読む。すると、以前にみたおかしい場面が頭の中で再演されていく。活字になったセリフを追いかけていくと、あの役者たちが想像の世界で熱演してくれるのだ。そして、気に入ったところのダイジェストを楽しむのだ。演劇の台本を読むひとつの楽しみ方だと思っている。

 私はときどき『オケピ!』を読む。家に誰もいないときに、本を取り出して、その中の歌をうたってみる。くだらない歌詞が自分の体躯から音になって出てくる。上手いか下手かなんてどうでもいい。聞いてもらうつもりはない。ただ、ひとり歌って、想像の中で登場人物と共演しているのだ。

 私はときどき『オケピ!』を読む。すると、「私もかっこわるいんだ」と素直になれる。「でも、大丈夫!」なんて癒される。「誰だってそうかも!」なんて、いじわるな三谷の視点を持つことができる。そして、「今日は、ずっこけたけど、明日またがんばってみるか!」なんて活力が出てくるから不思議だ。

 悪者をやっつける爽快感はない。犯人を追いつめる緊迫感はない。身が焦がれるような恋心を感じる焦燥感もない。ただ、ぶかっこうで懸命に生きる人間への共感がある。あったかい! 私には、それだけで充分だ。人生で起こることのすべては、オケピの中でも起 こる、のである。「それがオケピ!」なのだ! また、ひとりでこっそりと大声で歌いたくなってきた。

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