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思い出した この海にて 言葉は 溢れる

途絶えてしまいそうな 記憶の端を つまんで 引き寄せた。

「思い出を 凍結出来たら 楽なのに…」

葉流(はる)は 過去の時間軸を この海に 映そうと 必死だった。

どうしても 頭を出さない その一言が 知りたくて。

受け取った 想いだけが もどかしく 私の中に居て 離してくれない。

「ここで 言われたから 来れば 分かると 思ったんだけどなぁ…」

諦めに近い呼吸が 波音に乗って 流れていく。

葉流は スマホのフォルダを開いて きっかけの画像を 画面に 表示した。

「ちぃちゃん…あの時 何て言ったの? 教えてよ?」

零れそうになる涙を 乾かそうにも この風量では どうも 足りなかった。

ケンカ別れ してしまった 親友の顔と声を 鮮明に 覚えているのに 今は 連絡先すら 知らなくなってしまった。

きっと お互いに 避け合っていたんだと思う。

繋がっていた点と点を 手放した。

それは 葉流と ちぃちゃんの 下した 選択。

しかし 葉流は それが 違うと思った。

でも そこには もう『ちぃちゃん』は 居なくなっていて 謝れないまま 時が 過ぎてしまって 今に 至る。

ちゃんと 言いたい。

『あなたの 私が 覚えていない 一言が 私を 此処に 居させているんだよ。』

そう 一言。

ちぃちゃんと 会わなくなって 程無くして 私は 交通事故で 命の危機に瀕した。

物足りなくなった 私は お酒に 助けを求めてしまった。

それが 事故の元凶。

飲酒運転で 注意力が 散漫になっていた 車に 突っ込まれた。

混濁していく意識の中で 最後まで 心の中にいたのは やっぱり『ちぃちゃん』だった。

私は 下半身が 動かなくなるかもしれないと 医師から 告げられた。

もう 半年も前のこととは 思えないほどに 時の流れは 早くて。

でもね ちぃちゃん。

険しくて 完治は 難しいって 言われた 私は その一言があったから 努力出来たって 確信があるんだ。

だから どうしても 思い出したいの。

この両足で 二人で よく遊んだ この海に また 会いに来たよって。

会いたいよ ちぃちゃん。

それから 葉流は よく泳いだ 浜辺や お腹が空いては 食べにきていた 海の家を 巡った。

「あれ…? もしかして 葉流ちゃん?」

「おじさん お久しぶりです。 お元気でしたか?」

「いやいや それより 歩けるようになったのかい…よかった。」

「あれ? 私が 事故に遭ったことを 何故?」

「そりゃあ ちぃちゃんから 聞いてたからだよ! 心配してたぞぉ ちぃちゃんも。」

もう 止まる理由は 1つとして無かった。

思いのままに 流れに逆らわなかった。

「どうした! 葉流ちゃん なんで 泣いてるの?!」

「いえ…何でも ありません。」

「泣きたい時は 泣いていいんだよ。 どこにもいかねぇから 好きなだけ 泣きゃあいい。」

「はい…!」

ちぃちゃんが 私の事故を知っていて ここに 知らせに来てくれたのだ。

切れかけていると 勝手に 思っていた糸を 切ろうとしていたのは 葉流だったのかもしれない。

「ちぃちゃん…!」

「そういやな…そんな 葉流ちゃんに 朗報だ。」

海の家のおじさんは 穏やかな笑顔を 葉流に 向けた。

「いやぁ…やっぱり こうなるんだもんなぁ…ほれ。」

おじさんの手のひらに乗せられた 一枚の紙切れ。

「言いたいことは 言いたい時に 伝えるもんだ…その方がいい。」

おじさんは 少し儚げな顔を 一瞬して 手渡してきた。

「これは…?」

「ちぃちゃんが言ってたんだ…『必ず 葉流は ここに来るから その時に 渡しておいてくれますか?』ってな。」

そこには 11桁の数字が 並んでいた。

葉流は 迷いもせずに その『パスワード』を 解読した。

ープルルル プルルル ガシャッ!

たったの2コールなのに とてつもなく 遠くに 感じてしまった。

「…もしもし?」

葉流は 言葉に詰まって 何も言えなくなってしまう。

「どなたですか?」

「…あたし。」

「ちゃんと 言って。」

「葉流…」

「先にどうぞ?」

「うん…ちぃちゃん ありがとう。」

「それだけ?」

「待って 頭 まとまんない。」

「いいよ。」

「待っててくれたの?」

「もちろん。」

「何で 病院に 来てくれなかったの?」

「弱くしちゃったら 意味ないから。 本当は すぐにでも 抱き締めに行きたかったけど。」

「そうなんだ…でも やっぱり ありがとう。」

「どういたしまして。」

「ねぇ…どうしても 思い出せない言葉があるの。」

「『どこにいたって 繋がってる』じゃない?」

余りの高速回答に 葉流は 硬直してしまう。

「ちぃちゃんて そういうところ あるよね。」

「あるね。」

「いっつも ズルい。」

「何か 問題あったっけ?」

「ないけど…」

「後ろ。」

「え?」

すっかり 暮れ始めた 太陽に 瞳を狭めた。

大きくなって 近付いてくる 1つの影。

もう 正体は 知っている。

それでも 心構えは まだで。

「やっと 会えたね 葉流。」

「…ちぃちゃん! 会いたかったよぉ!」

何度 泣けば気が済むのだろうと 葉流は 思った。

溢れ出した 感情と涙は 堤防を 追い越して。

触れた感覚に 目眩を覚えて。

たった一言に宿った『言霊』が これからも 二人を 何度でも 引き寄せ合うのだろう。

傷付いた時。

美味しい ご飯を食べた時。

喧嘩をした時。

映画を観て 泣いた時。

何時 如何なる時も この言葉が 二人の『パスワード』なのだ。

沈みかけた 太陽の日射しが 二人の影を 更に拡大させた。

それは まるで これからの 二人の未来を 象徴するかのようだった。

※この作品は 私のフォロワーである『はる様』の提供と『ちぃ坊様』の出演によるものになります。



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