契り屋 夢ノ助

彼の名は 人呼んで『契り屋 夢ノ助』。

頼み人の願いを 全て叶えることで 名が知れている。

今日も そんな噂を聞き付けた うら若き娘が ここにまた1人。

「貴方が 契り屋さんですか?」

「いかにも。 どこで 私の噂を聞いたのだ?」

「夢ノ助さんは この界隈では 知らぬ者はおりませぬ。」

煙管を吹かした 夢ノ助は その娘の瞳を 覗き込んだ。

沸かした白湯が 煮立つ音だけが 母屋を満たしている。

娘は 驚きなのか その端整な顔立ちに 見惚れていたのか 分からなくなっている。

これは 夢ノ助の儀式のようなもの。

頼み人の意志を確かめる 独自の詮索方法なのだ。

「見つけられるかは お主次第ということは 理解しておるようだな。…分かった 手を貸そう。」

「本当にございますか!?」

「しかし お主 何故そこまでして 探しだしたいのだ?」

「はい…」

吉右衛門という 侍は 頼み人である 那奈の命の恩人らしい。

以前 町のチンピラに絡まれていた所を助けてくれたとのことだった。

しかし 名前を聞いても 頑なに拒否され 結局は 聞けず仕舞いのまま 立ち去ってしまったのだった。

那奈は そんな命の恩人に どうしても 直接会って お礼がしたいらしかった。

「して どうやって 名前を知ったのだ?」

「助けていただいた時に 左の手の甲に 刀で切ったような痕があったのです。 それを 覚えていて…」

那奈は いつも通り宿屋の飯支度をしていた。

そんな何気ない いつもの情景に 好機は突如として 訪れた。

「おい 那奈! 今しがた 河の方を お前が探しておった お侍さんが 通っておるのを見たのじゃ!」

宿屋の主人 弥助じいちゃんが そんなことを言い出したのだ。

那奈は 居ても立ってもいられず 河へ向けて 調理場の火を消すのも忘れ 走りだした。

しかし そこには もう吉右衛門の姿は無かったのだ。

そんな折に 河の船を漕いでいる船頭が 話しかけてくる。

「那奈ちゃん 何かしたのかい?」

「そうだ 船頭さん! さっき 左の手の甲に傷痕のある お侍さんを見なかったかい?」

「おぉ! 乗せたよ! 名は確か…吉右衛門さんと名乗っていたな…」

「何処にいったか わかるかい?」

「いやぁ 流石に行き先は 教えちゃくれなかったなぁ…あぁ でも 何でも 剣術の師匠に会いに来たとかなんとか 言ってたなぁ。」

「そうかい。 ありがとね。」

結局 会えはしなかったが 情報を掴んだ。

「…という状況です。」

「剣術の師匠…齢は 幾つくらいに映った?」

「そうですね…20半ばといった ところかと。」

「その願い 確かに承った!」

さてさて 今宵も『契り屋 夢ノ助』開店のお時間が来てしまったようである。

To be continued…

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