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二次創作字書きがTwitterで病み精神科病棟に入院しかけた話

まず初めに、いくつか注意事項があるのでそこを踏まえて読んでいただきたい。

①誰かを非難する目的はない
②過去のネタとして教訓になれば
③敢えてのフィクションも多々

よろしくお願いします。

#1 きっかけはネタ被り



時はコロナ前。
……だというのに、私は1年の間に同居する家族を3人亡くしており、壮絶な親族間の揉め事の渦中にいた。
それがようやく落ち着いた頃、私はしばし離れていた二次創作を再開した。ずっと絵描きだったのだが新規ジャンルに移行した際字書きに転向し、推しカプの幸福を求めてマイペースに活動していた。
そして、久々に同人誌を作るか!などと思い、準備を始めたのだ。知人に表紙を依頼し、原稿を書き、夏あたりに発行しようと準備をしていたのだが。

たまたま、「ネタ被り」が発生してしまったのだ。

界隈は比較的新しく広く、相手はよく知らない字書きさん。某創作物投稿サイトの新着として発見し、本当に途中までの粗筋はほぼ同じだった。
そうなると流石にその原稿で本にはできない、書いたタイミングが同じであっても、本になるのはまだまだ先。どうあっても後出しになってしまうからだ。
しかし、私はどうしてもその原稿をお蔵入りにはしたくなかった。やむなく私も即アップして、Twitterでシェアした際に事情を付記ておいた。
すると先方の字書きさんからリプライをもらい、挨拶をして相互フォローとなる。
とりあえずAさんとしよう。

そこまでは、よかった。

互いの周囲は優しく「どちらもいい作品」としてシェアをしてくれたり、感想をくれたのだが。
ひとりだけ、そうではない人がいた。
その人は絵描きさんだった、Bさんとする。
BさんはAさんと私の共通の相互フォロワー。どちらの小説も読んでくれたようなのだが、私は初めて「第三者に比較・批評をされる」事になる。

Bさん「どっちも読んだけどAさんの小説の方がよかったなー。読みやすかったし、最後の方の展開が面白かった!」
Aさん「うれしい!そこ頑張って書いたんだよね」

そのやり取りは私のTLで繰り広げられる事となる。それは確かに「Aさんの作品上げ」であったのだが、当事者の私としては「私の作品を目の前で下げられた」としか思えなかった。


#2 地獄のはじまり


その後もBさんはAさんの作品を褒め続ける。新作が上がれば仔細に読んで褒め、それに対してAさんも喜んでいた様子。それだけならいい、字書きではない絵描きさんが読んでも素直にAさんの作品の方が面白いと思ったのだから。
実際のところ閲覧数もブクマ数も桁が違った。Aさんは「先生」と呼称され、やっぱり私なんかより上手いんだろうなと思った。

しかしBさんはここで謎の行動をする。私の短編小説をRTした上で、感想をツイートしたのだが。

Bさん「話はよくわからないけど、推しカプが可愛い(RT)」

敢えての感想がこれだった。
取りようによっては「可愛い推しカプが書けていた」事になるが、Bさんのこれまでのツイートから私はとてもそうとは思えなかった。

「私の小説は話のよくわらかないゴミクズなんだな」

二次創作に貴賎はないなんて誰が言ったのか? 貴賎がないどころか、上と下が存在したじゃないか。
その思いが私を支配する酷い呪いとなってしまい、もう自分が最底辺にしか見えなくなってしまった。自称・ゴミクズ字書きの誕生である。


#3 「自称」ゴミクズ字書きになって


ともあれ、本の原稿がなくなってしまったので別の話を書かなければならなくなった。幸いにもネタは浮かび、表紙のイメージも変えないで済みそうだった。
しかし、私は字書きとして価値がない。
本なんか作っても仕方ないのでは?
それでも、既に夏のイベントのスペースは貰っていたのだ。とにかく必死で書いて、形にしようとしていた。

ところが私はその呪いから逃れられず、時折ネガティブなツイートをしてしまっていた。上手く書けない、面白くない、みんな読まなくていい。
当然フォロワーは減るが、私にはそんな事を悲しむ余裕もない。相互フォローの字書きも離れ、ネガティブツイートにだけいいねをつける人もいた。

私は色々と耐えきれなくなり、この時になってようやくAさんとBさんをブロ解した。


#4 自分から地獄に飛び込んで


TLからふたりが消えた事で、私の気持ちは少し落ち着いた。しかし私がブロ解をした事でAさんは酷く怒り、私を非難する内容のツイートを多数していた。
それはそうだ、Aさんは別に悪くない。

そして私も「先生」が「ゴミクズ字書き」を非難するのは当然の事だと思った。もう自分がゴミクズ字書きである事は私の中で疑いようのない事実となる。

その様子を見ていたのが、同人誌の表紙を頼んだ知人だ。Cさんとしよう。
流石にアカウントをわけろと、プライベートな鍵つきのアカウントを作れと提案してくれた。私は言われるままにアカウントを作り、鍵をかけ、ごく一部の字書きさんやCさんとだけ繋がっている「吐き溜め」を作ったのだ。

そこで私は、もうどうにもならなくなった気持ちを吐き出していく。ゴミクズ、価値がない、界隈最底辺……。たまに励ましてくれる人もいたが、それすらも「可哀想なゴミクズを慰めているんだ」という解釈しかならない。

そしてこの頃、ネガティブなツイートの消えたアカウントはじわじわとフォロワーが増えていった。
実際その時私が書いていた小説の善し悪しについては未だにわからない。しかし書いても書いても小説がゴミクズにしか見えなくなっていた私は、かなりのスピードで新作を上げていた。そのせいだろうか、フォロワーは増えていったのだ。

それは、当時の私にとって恐怖になる。


#5 人を不快にさせる事もあって


私はフォロワーが増える度に恐怖に震え、「ゴミクズ字書きなのになんでフォロワーが増えるのかわからない、怖すぎる」と鍵アカウントで度々漏らしていた。そしてまさかこの自虐的な言葉が人を不快にさせるとは。

どういう事か。
私よりフォロワーの少ない字書きさんがこれを見たらどう思うのか、という事である。
Dさんとしよう。

この頃には界隈にも字書きの輪ができていた。私はその輪に入っていなかったものの、Dさんはその中でも中心的な存在だった。
そんなDさんは、私が鍵アカウントで暴言を吐いているという事を周知させていたらしい。
間違っては、いない。私は私に対して、まるで自傷行為かのように暴言たる言葉を吐いていたのだから。それが捻じ曲がって伝わり、私は陰口を叩いているヤバい人とされて、界隈でほぼ孤立した。


#6 誰の言葉も信じられなくなって


それでも私は夏のイベントでスペースを貰ってしまっていたのだ、とにかく本は出すことにした。
ところが、表紙を頼んでいたCさんにも見限られてしまう。Cさんは度々私に声を掛けてくれていたのだが、何を言われても「自分はゴミクズ字書き」であると信じて疑わなかった私はネガティブなツイートを続けていた。
そんな中、表紙が届いたのだが。
あまりにも不備が多く、とてもそのまま入稿できる状態ではなかった。どう考えても途中で放棄されたものにしか見えない。元が絵描きなのでそこは対応できたものの、表紙の他に頼んでいた表3も描いては貰えず。
そのまま、Cさんは何人かの相互フォロワーと共に消えていった。


#7 マシュマロが焼けているように見えて


私は何とか本を完成させて、夏のイベントもサークルとして参加したのだが。
この頃はもう、本格的に精神を病んでいた。元よりうつ病持ちであったものの、それは酷く悪化していたらしい。
薬が増え、仕事に行けない日もあった。

それでも、なんと未だにマシュマロが届く事があったのだ。Twitterに上げた小説や、イベントで頒布した本の感想をくれる人が少なからずいて。
本来は有り難い事なのだが、この時の私には全てが悪意に見えてしまっていたのだろう。マシュマロは全て焼きマロにしか見えず、どれも言葉の裏に悪意がある筈だと探してすらいた。この世全ての人間が私を責めていると思い込んでいたのだ。

もう、小説なんて書けるわけもなく。
私はTwitterと某創作物投稿サイトに上げていた小説を全て削除し、間もなくどちらのアカウントも削除した。


#8 地獄の底へ


こうなってはもう、仕事どころか生活もままならない。最低限の家事すらできない。
幸か不幸か、家族を3人亡くしていた事もありずっと実家にいた私は、親に頼る事ができた。しかし流石に仕事は辞めざるをえなくなり、精神科の診断書を提出して辞職。

趣味の二次創作が、こんな事態を引き起こすなんて。
あの時、字書きとして活動を再開させた事を後悔したし、情けないし恥ずかしかった。その上私は自分の小説の価値は何一つ見出せないまま、もはや自分自身の存在価値すら見出せなくなってしまったのだ。

自傷行為こそしなかったものの、程々のオーバードーズを繰り返す。ベンゾジアゼピン(※抗うつ剤や睡眠薬の成分のひとつ) の中毒になり、全身が酷く浮腫んでいき、遂には顔がぱんぱんに浮腫んだせいで口がほぼ開かなくなってしまった。

もう地獄の底を突き抜けていた私は、医者に精神科病棟への入院を提案される。


#9 遅過ぎる気付き


ようやく、ここまできてようやく私は自分の状態の酷さに気付いた。しかしもうどうにもならないのも確かではあり。
それでも、入院だけはしたくなかった。こんな、趣味での出来事が原因で入院なんて正直恥ずかしかった。

私は「ゴミクズ字書き」の呪いで病気になって、それは「自称」から「事実」になって、人としてもゴミクズに成り下がっていた。遅すぎたものの、ようやくそれを客観的に自認する事となる。
もう誰が悪かったとか、そういう問題ですらない。とにかく回復に努めることにして……なんとか、入院だけは回避したのだった。


#10  まさに後悔先に立たず


病名こそ言われなかったが、もはやうつ病でおさまる状態にはなかったと思う。結局私は「手帳持ち」の精神障害者に成り下がり、入院せずともほぼ入院しているのと変わらない状態。

後悔しても仕方がないのだが、私は一体何処でミスをしたのか、何がよくなかったのか。

恐らくはもっと早くにAさんとBさんから、せめてBさんからは離れるべきだった。ブロックしてもよかったとすら思う。
しかしBさんが悪意なくツイートをしていたのは私もわかっていたし、後にBさん本人も一連の事など覚えてすらいないと伝え聞いた。


流れとしては以上である。

そして、これはひとつの推測でしかないのだが。
Bさんには小学生のお子さんがいたという。つまり当然、インターネットネイティブなどではない。なんなら私なんかよりもインターネットに触れてこなかった可能性もある。そんな彼女には悲しい事に、インターネットリテラシー、特にマナー面の知識が備わっていなかったのではないだろうか?
急速に人と人との距離が縮まった今、自分の言葉がどのように人に影響を与えるかはかなり考える必要が出てきた。しかもその相手の顔が見えないので、行き違いも起きやすい。
Bさんが悪いとは言い切れない。私も精神を病んでいたとはいえ、人を不快にはさせたのだ。そして、やはり合わないと感じたら距離を置くのも必要ではある。

その判断ができずに、精神を病んで人生を台無しにした人間が事実ここにいるので。


この話は概ね半年の間に、嵐のように過ぎ去った出来事だった。
そして、この後私がどうなったのか。
それは私の他の記事を読んでいただければわかるのだが、ジャンル移動をして再び元気に二次創作を始めているので、安心していただければと思う。

あまりにも高い勉強料ではあった。
それでも私は未だに「二次創作というものに本当に貴賎がないのか?」と疑ってしまう時がある。

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