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それぞれの家族愛

私自身、家族愛って何だろうって考えるきっかけをもらった。家族愛自体もそれぞれ概念が違う。その概念がどれだけ違うか言わないとわからない。
旦那さんは思ったこと言うタイプでなくて調和を求めるみずがめ座の博愛主義。それを見てるとさそり座の私はむかつく。でも絶対調和することあきらめないからすごいと思って。
よくよく考えてみたら私の家族愛は経済だった。三姉妹の長女。家の経済が傾いていく中、お父さんが長男の威厳がなく緊迫感なくて。ずっと次の番は私だと勝手に期待を背負ってた。うちの一族が滅んでしまうと思ったから。
誰かの介護が必要になったとき、お金がない未来が見えていた。
私がなんとかしないと。施設に入れたときお金の揉めごとがないようにしないようにと思ったのが高校生。それで必死に独立しようとしたりしたけど、もがいた甲斐あって、おばあちゃんが施設入ったとき、来た!と思った。私が全額出すって。夢が叶ったんですよ。私はおじいちゃんおばあちゃんの施設代を稼ぐためだけに経済力を頑張った。もうなんのために頑張ったかも忘れてたけど…
 ~八木さやちゃん恋愛講座 補習動画2 2021/2/28配信

私にとっての家族愛は、医療と福祉の力だった。

医療や福祉の裏の裏まで知って、一番いい方法を示してあげたい。こっちだよ。って自信を持って言えるように。お兄ちゃん、お母さんが迷子にならないように。誰かに都合よく利用されないように。

だから、鍼灸師になって東洋医学を学んだ。現代医学の表も裏も学んだ。代替医療、食事療法の表も裏も。

そして、訪問介護員として働いた。障害福祉サービスなるものがあって、障がい者手帳を持つ人には与えらえるサービスがある。でも、最初に利用したときに、嫌な思いをして以来、お母さんはお兄ちゃんの面倒の一切を担うことを選んだ。

「サービス利用すればいいのに」という私に。母は

「あんたは何にも知らないくせに」と言った。

かっちーんと来て、じゃあ誰にも言わせない位やってやると思って、ケアする側に回った。そうして10年。

私は逆に軽々しく助言しなくなった。いろんな人たちを見てきて、当人が選択することだと。家族とはいえ、通りすがりの人間が言うことでないと思ったから。

そうそう。治療の助言もしなくなった。どういう医療を選択するかだって、当人が選択するものが当人にとって一番いいんだとわかったから。

だから、20年前と家族の状況は何ら変わってない。みんな年は取ったけど。

でも、何かあった時に、ダッシュで助けにいける。守りに行ける。敵がいたら倒してやる。

それだけのために頑張っていたんだ。

なんで頑張っていたのか忘れてたけど…

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