双葉
その日は、週番だった。
雑用係。
気のせいじゃない、今週は、色々やらされる。
社会の時間にデッカイ地図を運ばされたし、今日は理科の何かの模型を運ばされている。
原子だか分子だかの模型。
「もやしもん」という漫画を思い出した。
ダンボールにひととおりの荷物を積んで、準備室を出た。
社会科準備室、教室、階段と並んでいる、その教室からか、階段からか、人が現れた。
先輩、かな。
もやしもんみたいな模型が落ちた。
たぶん、僕が先輩にビックリしちゃったからだと思う。
ダンボールを傾けないように拾おうとするが、難しい。
お腹の肉がけっこう邪魔だ。
ゆっくり膝を曲げる。
目の前で、模型が浮いた。
目線を上げると、先輩が拾ってくれていた。
「ありがとうございます」
僕はお礼を言ったけど、ありがとうよりも先輩の目元の涙に気持ちが傾いていた。
「どういたしまして」
先輩はそのまま背中を向けて、歩いていった。
涙を見られないように、というよりは、ただ拾って、ただ去っただけ、の感じ。
何か悲しいことがあったのかな。
見えなくなっていく背中。見えなくなった背中。
いつかのあの人を見たのは、それから2週間後だった。
仮入部期間に見学した映像研究部で、その人がいた。
泣き顔しか知らなかったから、最初は気が付かなかったけど、映画が終わったら、見覚えのある顔になっていた。
見たことある、ずっと探していたその泣き顔の人は、やっぱりとても目を引いた。
そうして僕は、泣き顔に惹かれた。
映画よりもその人が、その涙が、印象に残った。
秒で書いた入部届を翌日提出したけど、しばらくその人とは会えなかった。
名前も知らないその人のことを知りたかった。
けど、その手段が思いつかなかった。
そのまま、部活からも足が遠のいた。
再会したのは、卒業が迫ったころだった。
ちゃんと考えれば、それまでだって学校のどこかに居たんだろうけど、僕との接点はなかった。
二人の運命には交差する瞬間はなかった。
というか、僕が勝手に運命だと思っているだけの、一歩通行な、運命というか、ただの妄想だ。
その人は、もう制服を来ていなくて、なんていうんだろう、大人の格好をしていた。
髪型もロングじゃなくて、肩につくかどうかくらいの、ストレート。
きっと気は使ってるんだろうけど、そこに目をいかせない、そんな髪型。
そしてまた、泣いていた。
目が合った。会った。
会釈というか、声が小さな挨拶というか、そんなことを、した。
指で涙をぬぐって、その人が近づいてきた。
通り過ぎた。
「好きです」
その後ろ姿は、止まらなかった。
聞こえなかったのか、聞こえていたのか。
卒業したあとも、時々思い出す。
泣いていた理由を知りたかった。
二回だけ会った、あの人の記憶。
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