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100年の歴史を持つオーストラリアの非営利団体が明かした寄付訴求のメッセージを変えるプロセス:F&Pファンドレイジング・フォーラム2023レポート②

2023年8月末、オーストラリアの非営利団体Fundraising & Philanthropy(F&P)がシドニーで開催したファンドレイジング・フォーラムに参加してきました。

本記事では、同フォーラムのセッションの一つ「There’s no going back. How the Smith Family is changing their approach to fundraising & marketing to inform a more constructive conversation about poverty and to support their social impact」からの個人的な学びや気づきをまとめています。

このセッションのスピーカーは、1923年にシドニーで設立されて以降の100年もの間、オーストラリアの経済的困窮家庭とその子ども達を支援し続けてきた非営利組織The Smith Familyで、マーケティンググループのマネージャーを務めるLouise Woods氏。

15年近く多額のファンドレイズを成功させてきた手法やメッセージをつくり直している変化のプロセスが、本セッションでは共有されました。


なぜ成果が出ている寄付募集のメッセージや伝え方を変えることになったのか

当初は、福祉の切り口から支援を1980年代後半まで行っていて、受益者の家族からの要望があり教育支援に舵を切っています。

それからもThe Smith Familyは、組織内の関係者だけでなく、受益者である子ども達やその家族からも多くのフィードバックを得ていました。特に受益者からのフィードバックで特に指摘されたのは、寄付訴求のメッセージで示されている受益者の状況や課題の描写がネガティブなステレオタイプを強調するというものだったそうです。
つまり、The Smith Familyの寄付募集に使われている画像やメッセージを見て、「ちょっと待って、私の子どもはあんな風に見えません。あの子はそんなことを言わない。学校に行くのを嫌がってもいないし、私はできる限りサポートしています」という反応が受益者から出てきたようです。受益者にとって、寄付キャンペーンや広告に載っている受益者は自分達を表しているように見え、The Smith Familyが自分達を無力でネガティブな存在として描いていると感じたわけです。

一方で、このような寄付訴求がThe Smith Familyに多くの寄付をもたらしてきた「成功パターン」にもなっていたことも事実だそうです。たしかに、ネガティブな側面から訴求メッセージを出した方が寄付が集まる傾向があることが、寄付研究やファンドレイジングで引用されるデータで明らかになっています。とはいえ、国内向けに活動している非営利団体にとっては、その寄付募集のキャンペーンや広告が受益者達にも見えてしまうのは冷静に考えてみると、当たり前のことでしょう。(私が関わってきた日本の非営利団体でも、受益者が団体のHP記事やSNSを見ているという話を聞きました)

組織内の関係者や寄付者、受益者である子ども達と家族、あらゆるステークホルダーを横断して、The Smith Familyとは何か、市場でどのように見られたいか、自分たちをどのように表現したいかについて議論が重ねられたそうです。

特筆すべき点として、受益者からの率直なフィードバックを受け止めて、今までの成功パターンを変えていこうと意思決定できる組織であったことは重要な要素と言えるでしょう。

新しいメッセージをつくるプロセス

自分達の活動の価値を捉え直す、いわゆるリフレーミングから始めたと言います。実際のリフレーミングを進めていくにあたっては、ファンドレイザーではなく、社会問題に関連する際の人間の行動についての研究をする社会科学者のグループと組み、リフレーミングを進めていったそうです。(こういった新しい取組みの際に、適切な外部リソースを活用できたことが大きかったと思います)

しかしながら、このプロジェクトに深く携わったWoods氏ですら、貧困層の人々を真正さを持って表現するが、それをポジティブな視点で表現して、ファンドレイズをしていくことができるのか懐疑的になりながら、序盤は参加していたそうです。

結果として、できあがった長期的な目標は下記の通り。

・ネガティブなステレオタイプを止めるか減らすこと(Stop/reduce negative streotyping and “other-ising” those living in disadvantage)
・非責任の論調を支持すること(Support a non-blaming public discourse)
・貧困を社会的な問題として、共同の問題として理解する公共の認識を促進(Promote public understanding of poverty as a societal issue with a collective solution)

短期的な目標は、下記2つを設定されたそうです。

・貧困層の人々を誠実さ、真正さ、包括性、尊重を持って表現すること(Represent those in poverty with intergrity, authenticity, inclusiveness and respect)
・The Smith Familyに支援されている家族達が感じる「誇り」を高めること(Increase the “Pride” felt by families supported by the smith family)

とても難しい思考を伴う議論と作業を重ねて、新たな方向性を絞っていき、12のフレームが提案されたそうです。実際には約6~7ページにわたるボリュームの資料だそうなので、セッションでは下記のように簡略化されてどういうフレームが提案されたのかが紹介されました。

社会科学者グループから提案された12のフレーム(スライド資料より)

その中で最も重要なのは、「取り組む社会課題」と「その解決策である自分達の活動」の比率を再バランスさせることでした。寄付者側からすると、解決すべき課題が見えなければ、寄付しようと思いません。今まで社会課題(の深刻さ)を表現するために、ネガティブなイメージを使用してきたのとは別の方法で表現する必要に迫られています。
具体的な伝え方や文言をつくっていく過程には、コピーライティングを専門とする会社にも入ってもらっているそうです。

新しい寄付募集メッセージの方向性(スライド資料より)

最終的にたどり着いたのは、「ストーリーを使用してリスクを伝えること」でした。人間の可能性に焦点を当てて話をする場合、その子どものポテンシャルを引き出す能力や機会が危機に瀕していると伝えます。共有された目標について話をする場合、私たちは皆が共有する普遍的な目標を指定し、その目標や人間の価値があなたの行動(寄付者の寄付)にかかっていると伝えます。その過程で、子どもの能力を強調するという伝え方になっていました。

新しいメッセージを使用した寄付募集

2021年クリスマスの寄付キャンペーンから試験的に始めていき、このファンドレイジング・フォーラムが開催された2023年8月末時点までの間に行われた11回のテストが紹介されました。現在も、新たな寄付訴求のメッセージづくりは進めてられているそうです。
今までのメッセージの要素を踏襲したControlグループと、新たなフレームをもとにつくったTest グループの2パターンをその都度つくり、寄付者の反応率や寄付へのコンバージョン率をみながら、具体的な文言や伝え方を改善していっているとのことです。

2021年クリスマスの寄付募集メッセージ(スライド資料より)
2022年冬の寄付募集のメッセージ(スライド資料より)
2023年冬の寄付募集のメッセージ(スライド資料より)

100年続く非営利団体から学べること

ここまで、100年活動してきたオーストラリアのThe Smith Familyが自分達の寄付訴求のメッセージや伝え方を変えてきたプロセスをご紹介してきました。
登壇者のWoods氏の試行錯誤の連続とジェットコースターのように一喜一憂の波が来ていたことを生々しく語っていた様子も印象に残っています。

彼ら自身も現在進行形で、いわゆるお涙頂戴のネガティブな情報を強調した寄付募集からの脱却に取り組んでいる点は、日本のファンドレイジングにおいても大いに学びになる事例と感じて記事化しました。

また、この記事は「ファンドレイジング」の観点からまとめてきましたが、The Smith Familyの取組みはリブランディングとも言えるので、単純にファンドレイジングの取組みとして真似しようとすると、真似しきれないような全体的で包括的な取り組みであるように思います。

日本で「ファンドレイジング」という概念や手法、「ファンドレイザー」という役割が広がって約15年が経とうとしています。
これまで寄付をうまく集めている非営利団体が一定数生まれてきましたが、これまでの成功パターンから変化しなければいけない時期や脱却を迫られる組織内外からのプレッシャー等に直面する団体も出てくることでしょう。
日本よりも非営利活動の歴史が長い国で100年活動し続けるThe Smith Familyの取組みが、多くの団体にとっていつか来る「その時」をうまく乗り切るヒントになれば嬉しいです。

最後に

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