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「レプトスピラ(ワイル病)」の話し

この世で何かを手に入れるには代償が必要である。野心を持つのはいい事だが、叶えるのは高くつく。
    ルーシー・モード・モンゴメリー

2024年5月14日 加筆訂正
2023年1月12日 加筆修正

 知らぬ間に年月が過ぎ、既に29年も昔の話しになる。

 僕は阪神大震災の翌日に日本を離れた。


モルディブ共和国で鰹節の仕事を立ち上げるためだった、その辺の話を詳しく話すと話が尽きないので話をはしょる。

 モルディブ共和国テイナドゥ島の隣の無人島で、鰹節を作ろうしていたのだ。

 その無人島でしばらく、鰹節作りに日々奮闘していたんだが(此処もはしょる)約80キロだった体重がひと月で20キロほど減った、見事なダイエットだった。

 水は貴重で(小さな島では井戸を掘っても海水)、鰹節製造工程で欠かせない“煮沸”の為の水は、工場の雨どいから貯水タンクに集めるように工夫している、日頃の煮炊き用の雨水タンクもあちらこちらに置いて「真水」の確保は入念だ。

ただし、タンクの中を覗き込むと確実にボウフラがわいている。そんな水は煮沸しないと当然口にできないし勿論、水には細心の注意を払い、ミネラルウォーター以外口にしない、火の通った食事以外は口にしないと食生活、健康管理をしている。

 親しくなった現地従業員がある日から毎朝オレンジジュースをコップに注いで手渡してくれる様になった。

親愛の印だ。戸惑いながらも勧められたオレンジジュースを一口飲む、子供の頃に駄菓子屋のを思い出す味だ…
覚えたてのモルディブの言語ディベヒ語で「これはなんや?」と尋ねるが「オレンジジュースだ旨いだろう」ぐらいしか言葉は返ってこない。

その日から毎朝オレンジジュースを飲む習慣になった。

 粉っぽいオレンジジュースを飲みだし何週間も経ち、カタコトのディベヒ語のボギャブラリーも増えた頃、彼に尋ねてみた。
「このオレンジジュースは瓶に入っているのをコップに注いでいるのか?」と
彼は満面の笑みを浮かべて答えてくれた。
「そんなわけないやん、粉やん粉を水で溶くんや、美味しいやろ?」と。

ワシ「水はどの水?」

彼「あのタンクの水やで!ボウフラは勿論入ってない、ちゃんと見てる」と得意げに、やはり満面の笑みを浮かべながら答えてくれた。

 体重も減り、なんせ暑いし、体調は良くないが死ぬほどではないだろう…
熱もあるし下痢もあるが「僕には何にでも効く「正露丸」と言う魔法の薬ある」と言い聞かしてやり過ごす。

 そんなある日、従業員がウサギを捕まえようとしていた事があった、モルディブではウサギは貴重なタンパク源として結構飼われているが無人島なので放し飼いにしていたわけだ。すばしっこいウサギを追いかけて捕まえられるわけでもなく、「おびき出し作戦」が決行される事になった。

 手に菜っぱを持って動かずに待つ、ひたすら待つのだ!
その“菜っぱ持ってひたすら待つ役”を勝手に率先して引受けたわけだが…
出来るだけ“ウサギ受けの良い、良い人の素振り”をして、右手の人差し指と親指で菜っぱを挟みひたすら“良い人の素振り”をしながら待つ…

ウサギが近づく“良い人の素振り”を続ける(こわくないよ~と)…近寄ってきた…直ぐ手元で菜っぱの匂いを嗅いでいる「今だっ!」と思った瞬間に「カプッ」「うっ」人差し指に激痛が走った、ウサギは菜っぱを齧らずに僕の人差し指をかじっていた…

 月日が経って帰国。
日本は冬を迎えようとしていたと記憶する。
最初は、「少し肌寒い日本で風邪を引いたのか」と思っていた、解熱剤を飲んでやり過ごす
帰国後の日本での用事を片付けて、また戻るつもりでいたが熱は40度を越える発熱で時々気を失う。

妻(元)バシッと引っ叩かれて気を取り戻す…「死んだと思ってひっぱ叩いた」と言ったと記憶している。(死人引っ叩く?そんなに憎まれてたんやと思ったが後日、本当に憎まれていた事がわかった…)
白眼をむいて、ガダガタはを鳴らして…しばらくして動かなくなったそうだ…

 死人を引っ叩く気丈な妻(元)に病院に行くよう促され(今思えば救急車呼ぶやろ…)

朦朧としながら、子供の頃からのかかりつけ医院に行くが、見知らぬ二代目先生に診察して頂き、先生は首を捻るばかりで不安になっていた。すると、奥から初代院長が現れ、カルテの名前で気がついたと声をかけてくれた、朦朧としながら「助かった…」と思いつつ「総合病院で診てもらわな…」と聞こえた。よく解らない症状のようだ…

 紹介状を携えてタクシーで総合病院へ
まずは受付その後、外待合、そして内待合室へ通される。

診察室の中から医師同士の会話が聞こえる…

「モルディブ共和国からの帰国後、発熱、肝臓の腫れって書いてるぞ、こんなん受け入れて大丈夫か…」(現地病を疑っている…そらそうだ…)朦朧としながも別の病院探さな…と一瞬覚悟を決めた。

 もう移動する覚悟と言うより「どうにでもなれ」と言う覚悟だったかも知れない。

相談を受けた若い医師が「他所にと言い出したらキリが無いから診ましよう」と言ってくれてホッとした。

診察室に通され、ひと通り話しをした後、先ずは懇々と叱られた…

「君みたいな人が病原菌を運ぶんだ、現地で何故病院にかからなかった!」

すいませんと謝るしか無かった(無人島には勿論病院ないし、薬局もない隣の島も勿論病院も薬店、両方ともないし、首都のマレには病院はあるが…病院で盲腸の手術でお腹に十文字の傷ができた人も知っているとは言えなかった…)

 問診は
現地でSEXはしたか?
野生動物を食ったか?
動物との接触は?
などの質問も当然受ける。

動物との接触?
ワシ「動物に噛まれました!」

医師「どんな動物?」

ワシ「ウサギです!」

医師「ウサギ?あのピョンピョンのウサギ?」

ワシ「そのピョンピョンのウサギです!」

医師「なわけないやろ〜ウサギか人を噛むかいな~笑」

看護婦「爆笑」

医師「爆笑」

ワシ「それが、あるんです…」

医師「…もうええわ熱何度?」

体温計を看護婦にわたす

看護婦「42度です‼︎」

医師「自分しんどないんか?」

ワシ「しんどいから…病院来てるんですけど」

医師「冗談言うから、意外に元気なんやと…」
ワシ「…先生もう…無理…」
医師 「ストレッチャー早く‼︎」

看護婦「はい‼︎」

ワシ 遠のく意識の中で「…ウサギ…噛まれたん…信じてもらわれへん………」

その後、ICUに放り込まれて観察され…
一般病棟に移り数週間、抗生剤の点滴を受けウイルス肝炎の検査も続けたが肝炎ウイルも発見されず、ウサギに噛まれた事は信用されずじまいで退院となった。

月日が経ってから“無人島のオレンジジュース”を思い出していた「そう言えば、現地のナイームが雨水貯水タンクにネズミが浮いてたと大騒ぎしていたな…

 ある時NHKの医療番組 ドクターGを観ていて全部が繋がった…
「これ…あの時の俺だ…」

「オレンジジュース」「ネズミ」「発熱」「肝炎」=ワイル病だ!

ウサギは関係ないが…
「ネズミ糞尿」「発熱」「肝炎」=レプトスピラ(ワイル病)
ネズミの水死体が発見された貯水タンクの水がレプトスピラに汚染されていたのだ…
その汚染されたオレンジジュースをありがたく飲んでいた…


と言う「ウサギ」の話しだ。


数年前に、献血に行った時、事前アンケートにこの話を反映させたところ…

詳しく話したい事があると奥へ通されたので何事かと思いきや

献血センターの医師に…

「貴方は献血できませんと」告げられた………

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