人間の争い事

戦争とは、人間の根源的な欲望からくるもので、人間とは本来、戦争をするものだと思う。

人間は、生産的な衝動がある一方で破壊的な衝動も持つアンビバレンツな存在なのだ。

良心は悪心の裏返しであって、悪心も良心の裏返しである。
平和を言い過ぎる者が排外的だったり、暴力的な者が身内には優しかったり。

人間の歴史上、世界で人が死ぬ争い事がない時はないだろう。

このSNSで、いくら戦争反対と訴えたところで、特定の場合を除いて、何の意味もない。

近代になって、社会性と理性によって、争い事がない世界を作ることは充分、可能になったと思うが、たいてい続かない。争い事が内に向くか、外に向くかの違いだけで、相変わらず暴力は続く。

権力者が征服によって一定の秩序を作ったとしても、徐々にその秩序は崩れていくか、大きくなった秩序を他に押し付けて、またそこに戦争を生む。

単純に考えると、戦争を指示する権力者は極少数で、戦争に駆り出される大衆は多数なのに、大多数の大衆は抗うことなく、少数の権力者に従順だ。そこには、どんな秩序でも乱すことを嫌がる心理が働くからだろうか。

とにかく、今は、ただ人間が獲得した社会性と理性に期待するしかないのかもしれない。文化的にでも暴力衝動のガス抜きをすべきだ。

権力者に大衆のことを考えろというより、我々大衆が権力者のことを考えるべきだ。多分、国を動かす程の権力を持ったならば、社会性と理性を忘れるほどの欲望に取り憑かれると思うからだ。

脳出血により右片麻痺の二級身体障害者となりました。なんでも書きます。よろしくお願いします。